天浜鉄道・中津川編(19):岩村(10.7)

 さて一休みして汗も引いたので、駅へと戻しましょう、滑落しないよう慎重に足を運び、本通りへと下りていきました。途中にあった「鳥兵」で唐揚げ定食をいただき、1769(明和6)年に建立されたという、全国でも珍しい土蔵造りの浄光寺を拝見。たしかに私も喜多方の安勝寺でしか見たことがありません。
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 そしてなまこ壁が美しい裏の路地を歩いていくと、おおっ本日二件目の「コバタ物件」をゲット。ここ岩村は「コバタ物件」のサンクチュアリ、ぜひともラムサール条約かワシントン条約で保護してほしいものです。その前には「今日の駐車側」という謎の看板を発見。日によって車を停めてよい場所が変わるということなのでしょうか。
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 建物全体を埋め尽くすガラス窓が印象的な大きな商家、「ひとりでできる」消火栓を撮影して、岩村駅に到着。
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 幸い駅前にタクシー会社の営業所があったので、農村景観日本一の富田地区を眺望できる展望台まで連れていってもらうことにしました。思ったよりも近く、十分ほどで展望台へと上る階段に到着。いそいそと駆け上がると…好事魔多し、なんとタイガーロープが張られ、修理中のため立入禁止でした。おうまいがっ。しかし昼休みのためか、きょろきょろ、工事関係者の人影はありません。わが内なる道徳律と相談して(以下24字欠)。おおっこれは素晴らしい景観です。山なみに囲まれたミクロコスモス、緑の絨毯のように大地を覆う水田、そして点在する家々と屋敷林。実際にここで暮らしを営まれている方々にはいろいろな労苦があるでしょうし、それについてコメントをする能力はないのですが、思わず見惚れてしまいます。
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 「岐阜県恵那市情報サイト えーなーココ」によると、瓦と白壁の昔ながらの農家や土蔵も点在しているそうです。いつか機会を見つけて、この集落の中を散策してみたいものです。なお参考のため、上記サイトの紹介文を引用します。
この農村景観の特徴は、東から西に少し傾斜した穏やかな岩村盆地の中に、瓦と白壁の昔ながらの農家や土蔵が点在する農村景観が展開し、回りは盆地を形成する緑の低い丘や遠く三河・尾張と境を接する山々が二重・三重に連なって、この景観を一層引立てている点にあります。ここの眼下に広がる田園は、総面積約150haあり、岩村町の約半分を見ることが出来ます。「農村景観日本一」の称号は、平成元年に全国の環境問題を専門に研究している、京都教育大学・木村教授から頂き、マスコミが一斉に報道し一躍脚光を浴びたものです。ここに佇めば、春夏秋冬・朝な夕な・日本が戦後失ってしまった「心のふるさと」、そして古代・仁徳天皇が見た"カマドの煙"の景色をも彷彿と感じとることが出来ます。…美しい日本、この景観をぜひご覧下さい。
 「心のふるさと」ぐらい自分で選ぶ人様の指図は受けない、とか、史実かどうか不分明な仁徳天皇の逸話を何故持ち出すのか、そもそも彼が実在したとしてもその当時天皇号は存在していないはず、とか、いろいろな茶々を入れたくなりますが、ま、いいでしょう。ただ咽喉に突き刺さった平目の骨のように気になるのが"戦後失ってしまった"という、まるで自然現象として発生したような物言いです。薄学なため詳細な指摘はできないのですが、"戦後奪われて/破壊されてしまった"と言った方が正確なのではないでしょうか。誰が、何のために、どうやって? こうした景観を愛する者の一人として、学んでいきたいと思います。

 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2011-08-14 08:39 | 中部 | Comments(0)
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