クロアチア編(61):ザグレブ(10.8)

 そして二つ目の停留所で下車すると、ミマラ美術館はもう目の前、ダルマチア出身の起業家アンテ・トピッチ・ミマラがザグレブ市に遺贈した個人コレクションを展示する美術館です。ただ心配なのは、クロアチアの通貨クーナはユーロやドルに両替できないと聞かされていたので、ここを先途と使いまくり、二人合わせて56クーナしか残金がないことです。でもユーロはしこたまあるし、クレジット・カードも持参しているし、いやしくも一国の首都、これで何とかなるでしょう。受付にいた笠智衆に似ている優しそうな初老の係員に、山ノ神が「入館料はユーロで支払えますか?」と訊ねると、氏は悲しげに首を横に振ります。「カードは?」 横に振り振り。入館料は一人40クーナ、完全に足りません。checkmate… (宿六)♪貧しさに負けた♪ (山ノ神)♪いえ世間に負けた♪ (宿六・山ノ神)♪この街も追われた♪と二重唱を口ずさみながらすごすごと出ていこうとすると、笠さんがわれわれを呼びとめます。そして人差し指を口に当て、氏曰く「団体料金でいいよ」。… てことは一人20クーナ、56クーナ-(20クーナ×2)=16クーナ… 嗚呼、ありがたい。ありがとうございます。「涙もろい人情のみがこの世に平和を齎らすのである」という柳宗悦の言葉をしみじみと噛みしめながら、ご厚意に甘えることにしました。脳裡ではJ.S.バッハのコラール「主よ、人の望みの喜びよ」が静かに鳴り響いています。ネオクラシック様式の豪壮な建物もお見事ですが、コレクション自体もなかなか充実したものでした。
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 レンブラント、ルノアール、ターナー、ドラクロア、マネ、ドガ、スーラ、大作ではありませんが珠玉の小品を堪能することができました。
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 一番心ときめいた絵は…ベラスケスの「幼いマルガリータ」。小さな絵なのですが、展示されている部屋に入った瞬間に目に飛び込んできました。まるでその一角だけがきらきらと輝いているような感じです。誘われるままに近づき、しばし呆けたように見惚れてしまいました。間近で見るとほんとうに大雑把なタッチなのですが、離れて見ると見事に絹や宝石の質感や輝きを表現しています。あらためて彼の腕前に頭を垂れましょう。
 なお高階秀爾氏が『誰も知らない「名画の見方」』(小学館ビジュアル新書101)の中で、こう語っておられました。
 …ベラスケスは、瞳や髪の毛を実際どおりに描写しようとしたのではなく、彼の目に映った瞳や髪の毛、衣装についての「印象」を描いているからである。
 フェルメールやファン・エイクが描いたような、多かれ少なかれ現実に即した「描写」ではなく、ベラスケスの絵では、画家の目に映った印象が筆触としてそのまま画面上に残されている。にもかかわらず、ベラスケスの絵はけっして「嘘」にはならず、強い実在感をもって見る者に迫ってくる。
 事実に即して描くのではなく、自分が見た真実に即して描くこと。人の本質を描くことに自負と誇りをもっていた肖像画家が、印象派の画家たちに大きな影響を与えたのは、なによりもこの点であったに違いない。(p.27~30)


 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2011-11-17 06:16 | 海外 | Comments(0)
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