常陸錦秋編(7):水戸(10.11)

 次は水戸商業高等学校旧本館玄関を拝見しに行きましょう。県立歴史館から自転車で十数分、観光地図を頼りにやっと見つけました。どこが学校だどこが、と茶々を入れたくなるような華麗な洋館が、街の片隅に佇んでいます。解説によると、竣工は1903(明治36)年、ベルサイユ宮殿を模したと伝えられており、設計したのは茨城県技師駒杵勤治だそうです。なお彼は他にも、県立太田中学校講堂県立土浦中学校本館も設計しています。二つとも訪れたことがありますが、なるほど、「学校に見えない」というのがこの方の持ち味かもしれません。ま、外観なんてどうでもいいのですけれどね。そこで希望が語られ、誠実が胸に刻まれているかどうかが問題です。競争と従順ではなくて… そうそう、これは帰りの列車の中で気づいたのですが、実はこの近くに天狗党に関する展示がある回天館がありました。敦賀で彼らが監禁されていた鰊蔵を移築してあるそうなので、これは見たかったなあ。天狗党については以前も書きましたが、興味を引かれる事件です。なお不思議なもので、旅行に持参した本が、訪問先のことについて偶然触れているということがよくあります。今回もそう、「黒船以前 パックス・トクガワーナの時代」(中村彰彦・山内昌之 中公文庫)の中で、山内氏がこう語られていました。
 例えば、水戸学のような高邁な国家哲学や国家観を為政者が持っていたとしても、それをストレートに経世済民の学、統治の学とするのは難しい。実際の領地や領民という生きた対象を相手に行政を施さなければなりませんからね。水戸光圀はたしかに天下国家についてスケールの大きい哲学を持っていたかもしれませんけれど、実際の水戸藩における領国支配ではずいぶん失敗をしています。だいたい水戸藩は頭でっかちのところがある(笑)。幕末の斉昭や天狗党はその最たるものですよ。(p.172)
 なるほどねえ、頭でっかちか、言い得て妙ですね。ま、引かれ者の小唄です。

 本日の一枚です。
c0051620_6192096.jpg

by sabasaba13 | 2012-03-10 06:20 | 関東 | Comments(0)
<< 常陸錦秋編(8):茨城県立近代... 常陸錦秋編(6):水戸(10.11) >>