常陸錦秋編(10):袋田の滝へ(10.11)

 朝、目覚しの音に叩き起こされてカーテンを開けると空は薄曇り、天気予報によると午後から雨が降りだすとのこと。本日は「いばらき秋の県北 周遊バス」を利用して、袋田の滝→竜神大吊橋→西山荘とまわります。バスを乗り継いでのタイトな行程、時間厳守を心がけましょう。まずは6:20発水郡線常陸大子行き列車に乗らないといけません。水戸駅まで歩いていき、駅前の水戸黄門+助さん格さんの銅像を撮影、列車に乗り込みました。
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 7:39に袋田駅に到着、もしタクシーがいれば利用するつもりでしたが、その姿はありません。事前に調べておいたところによると徒歩で三十分、駅前にあった案内の地図を撮影して歩いて行くことにしました。
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 おっとその前に小用を済ませておきましょう、駅のトイレに入ろうとすると、野鳥をマンガ化した男女表示です。昨日も逸品を二つ見かけたので、茨城県はトイレ男女表示のサンクチュアリかもしれません。
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 それでは出発、「うちの子にかぎってと思うゆだんが悪の道」という字余りの標語看板を撮影してすこし歩くと左に久慈川が見えてきました。橋の上から紅葉の風景を眺め、十分ほど歩くと袋田の街並みに到着です。
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 しぶい木造の小学校校舎を撮影して、またしばらく行くと「桜田烈士関鉄之介歌碑」に遭遇。なになに、解説板を読むと、桜田門外の変における現場指揮官であった関鉄之介が、北郡奉行所時代に親交のあった桜岡源次衛門を頼って、ここ袋田村にあった彼の屋敷(蒟蒻会所)に一年余潜伏したそうです。その後、身の危険を感じた彼は越後湯沢温泉に移動、そこで捕えられ江戸小伝馬町で処刑されました。歌は"河鹿鳴く山川みすのうきふしにあわれははるの夜半にもそしる" この桜岡家は、水戸藩御用達の蒟蒻業者で、桜田門外の変を起こした水戸藩尊王攘夷派の資金面を担当していたとのことです。ここでも豪商の使徒である志士の姿が見え隠れします。
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 思い出浪漫館の前を通り過ぎ、しばし歩くと「かくしごと わたしはしません あかるいこ!」という標語を発見。うーん、時と場合によるとは思いますが、隠し事をするのは暗くて悪い子と決めつけるのもいかがなものかと思います。
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 このあたりでも、石造りの蔵や瓦を見かけました。
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 やがて袋田の滝が近づいてくると、お土産屋や蕎麦屋が林立する一帯がありました。竜神大吊橋に行くバスの停留所を確認し、さらに歩くと路傍に「袋田名産 さしみこんにゃく」の販売所がありました。「滝まで1kmちょっと約15分(足の長い人)」と書いてあってので、足の短い私だとあと二十分くらいかかるかな。
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 果樹園や販売所があるので、このあたりはリンゴ産地でもあるようです。そして滝の入口に到着、袋田駅からは一時間弱かかりました。ここからけばけばしいイルミネーションで飾られた長い観瀑トンネルを100mほど歩くと、第一観瀑台に着きました。
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 本日の三枚です。
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by sabasaba13 | 2012-03-13 06:25 | 関東 | Comments(0)
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