荻窪編(4):荻窪(10.11)

 読書の森公園の前にあるのが荻窪体育館、ここには「原水爆禁止運動発祥の地」記念碑があります。後学のため、解説のプレートの一部を転記します。
 昭和28年11月に開設した杉並区立公民館においては、区民の教養向上や文化振興を図るため、各種の教養講座が開かれ、また、社会教育の拠点として、区民の自主的活動が行われてきました。
 これらの活動のなかでも、特筆されるものは、昭和29年3月ビキニ環礁水爆実験をきっかけとして、杉並区議会で水爆禁止の決議が議決されるとともに、同館を拠点として広範な区民の間で始まった原水爆禁止署名運動であり、世界的な原水爆禁止運動の発祥の地と言われております。
 その後、老朽化のために廃館となったのを機に、つくられたのがこの記念碑です。やはり第五福竜丸事件が大きな衝撃となったようですね。さて、われわれはこの運動をこれからどう引き継いでいけばよいのか。以前にも書いたのですが、労を惜しまず(コピーしただけでが)、もう一度述べておきます。「もう一回言っておけばよかったと後悔しないように、何千回も言われ尽くしたようなことでももう一度言わねばならない」(ブレヒト) 結論から言えば、核兵器反対だけではなく核(原子力)発電を含めた、"放射能反対運動"へと発展させるべきだと思います。これは鎌仲ひとみ氏の映画『ヒバクシャ』から教示していただいた視点ですが、広島・長崎・第五福竜丸で被曝された方々だけが被曝者なのではありません。核実験場周辺に住む人々や実験の関係者、ウラン鉱山で働く労働者、核兵器製造工場周辺の住民、劣化ウラン弾の残骸とともに暮らす人々、核(原子力)発電所の事故で被災した人々。そして忘れてはいけないのが、内部被曝です。微量の放射線を出す放射性物質が体内にとりこまれ体内の組織に沈着し、アルファ線、ベータ線などを長時間放射しつづけた結果、体細胞が傷つけられて慢性の疾病をゆっくりと進行させ、また生殖細胞が傷つけられて子孫に遺伝障害を残すということですね。私たちは、大量の放射能を浴びなければ大丈夫だと、ついつい安易に考えがちですが、微量の放射能がもつ危険性にも注意を向けるべきです。よってたくさんのヒバクシャが存在し、かつ誰でもヒバクシャになる可能性があるということに気づくべきでしょう。これから目指すべきは、すべての核兵器と核(原子力)発電の廃絶、つまり"ノー・モア・ヒバクシャ"を求める運動だと思います。今、私たちは宇宙船第五福竜丸の乗組員なのです。
 余談ですが、アメリカが原子爆弾を投下した理由について、興味深い分析を知りました。アメリカ側の公式見解では、日本本土上陸作戦を決行した場合における日米双方の犠牲者をなくすため、というものですが、他にもいろいろと考えられます。アメリカの軍事力のみで日本を屈服させることにより戦後日本に対するソ連の影響力をなくすため、原爆の力をソ連に見せつけて扱いやすくするため、莫大な予算を使った以上使用しないと議会に追及されるため、当時世界中のウラン鉱山を支配していた大財閥ロックフェラーとモルガンが強力に後押しをしたため、核兵器の威力やそれによる被害・被曝のデータが欲しかったため、といった理由も考えられます。最近読んだ「パクス・アメリカーナの五十年 世界システムの中の現代アメリカ外交」(トマス・J・マコーミック 東京創元社)に以下のような記述があります。
 原爆攻撃のもう一つの狙いは、二つの全く異なった目的のために世界の人々に衝撃を与えることであった。そのうちより穏健な目的は、原爆計画上級研究員の一人であったアーサー・コンプトンが陸軍長官スティムソンに述べたように、「万が一再び戦争が起こればどうなるか適切な警告」を世界の人々に与えたことであった。今後決して使用しないために、今この爆弾を「使用しなければならない」のであった。衝撃を与える二つ目の目的は、人間を標的にして原子爆弾を落とす合衆国の冷酷さを世界に明示することであった。事前に予告をしておいて無人の標的に原子爆弾を落とすべきだと助言した科学者もいたが、そうしたのでは意味がなかったのである。もしそのようにすれば原子爆弾の威力を示唆することはできても、この恐ろしい爆弾を使用するというアメリカの意志を示すことはできないのである。1945年夏半ばの日本の和平を求める動きに、アメリカが乗り気ではなかった一つの理由は、原子爆弾を使用する機会を得る前に戦争を終わらせたくなかったことである。
 このような冷酷な目的は主にソ連と西欧に衝撃を与えることになった。(p.90~91)
 うーん、鋭い。"合衆国の冷酷さ"か、20~21世紀の世界史を理解する上でのキーワードですね。この本はたいへん優れた素晴らしい歴史書ですのでお薦めです、本書を読まずして20世紀を語るなかれと言いたいくらい。"ソ連の脅威はアメリカがつくった架空のものである""アメリカは日本のためにベトナム戦争を行った"といった常識を覆すような考察が見事な手際とともに叙述されています。また「昭和 戦争と平和の日本」(ジョン・W・ダワー みすず書房)には、戦時における日本の原爆研究について述べた『「ニ号研究」と「F研究」』という興味深い論文がおさめられています。そうそう、「わたしの非暴力2」(マハトマ・ガンディー みすず書房)の中に、下記のような一文があったので紹介しておきます。
 わたしが見るかぎりでは、原子爆弾のために、これまで久しく人類を支えてきた高尚な感情が死滅させられてしまった。これまでは、いわゆる戦争の法則というものが存在していて、戦争をなんとか耐えられるものにしてきた。けれども、いまやわたしたちの前に、戦争の真実がむきだしにされたのである。戦争には力の法則以外の法則はないのだ。日本が下劣な野心を貫こうとして行なった犯罪をわたしが弁護しようとしている、などと早合点しないでもらいたい。違いはただ程度の差だけであったと、わたしは思う。けれども、日本のほうがいっそう下劣であったからといって、日本の特定地域の男や女や子供たちを情け容赦もなく殺してしまうという、まさるともおとらない下劣な行為をやってよい権利はだれにも与えられていなかったのだ。(p.163)

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-03-29 06:19 | 東京 | Comments(0)
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