甲斐路編(2):駒橋発電所(11.5)

 それではバスで上野原駅に戻り、次なる目的地、猿橋へと移動しましょう。中央本線大月行きの列車に揺られること二十分ほどで猿橋駅に到着です。実は猿橋の他にお目当てがありまして、それは桂川にほぼ平行して東西約14kmに延びる八ツ沢発電所施設です。近代日本初期の本格的水力発電所施設であるばかりでなく,高度な建設技術が発揮されており、土木技術史上、高い価値があるとされています。着工は1910(明治43)年、完成は1914(大正3)年。重要文化財にも指定されており、規模としては最大のものです。時間の関係でピックアップしたのが、初期鉄筋コンクリート造橋梁である第一号水路橋、大正期を代表する大規模土堰堤の一つである大野調整池堰堤、そして八ツ沢発電所の三カ所です。猿橋駅前からタクシーに乗り、猿橋を見物、そしてこの三カ所を回ってもらって四方津駅に行ってもらおうという魂胆。駅構内には、大月警察署から登山者の皆さんへの注意書きがありました。へえー、このあたりの山に登る方がけっこう多いんだ。駅前広場に出て振り返ると、駅舎が猿橋を模したデザインになっています。
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 客待ちをしていたタクシーに乗り込み、行程を説明していざ出発。運転手さんが、すぐ近くに古い水力発電所があるよと教えてくれたので、寄ってもらうことにしました。車に揺られること数分で到着、おお、周囲を圧するような二本の水圧鉄管の威容が眼前に見えました。ここは東京電力駒橋発電所、竣工は1907(明治40)年、当時としては日本最大の水力発電所だったそうです。ということは、八ツ沢発電所の先輩に当たるわけですね。日露戦争の影響で石炭が慢性的に不足するようになり、火力発電では増加する電力需要に応じきれなくなった結果、東京電燈(現東京電力)が水力発電による東京への長距離送電を計画し、完成させたそうです。その後本格化する高電圧長距離送電の草分け的存在ですね。現在でも稼働中で、山梨県東部地域へ送電をしているそうです。なお発電所本館(煉瓦造)は取り壊され、発電室(煉瓦造)は改修されたため当時の姿を留めていないとのこと。道路下方にある発電所を見下ろすと、往時の発電用タービンが野外展示されていました。運転手さん曰く、発電所に勤務されている東電社員は、午後五時になるとさっさと退勤されるそうです。「いい商売だなあ」とぼそっと一言。ま、それはいいんですけれどね、問題はいったい何時から、何故、こうした真っ当な発電家業から、文字通り日本を破滅させる可能性がある核(原子力)発電へと軸足をシフトしたかですね。たかが一電力会社の利益のために、この国が崩壊する姿など見たくもありません。猛省を望みます。なお今調べていてわかったのですが、付近に1907(明治40)年竣工の落合水路橋があるとのことです。再訪を期しましょう。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-09-22 06:19 | 中部 | Comments(0)
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