甲斐路編(13):身延山久遠寺(11.5)

 門前町では、モビル・スーツのようなごついファサードが強烈な蕎麦屋と、古寺のような趣の仏具店が目にとまりました。
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 そして久遠寺に到着、豪壮な三門をくぐり、杉並木をすこし歩くと、287段の急勾配の石段「菩提梯」に到着です。
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 登り切れば涅槃に達する階段という意味だそうで、南無妙法蓮華経の七文字にちなんで七つに区切られています。煩悩の火がふきけされて、迷いや悩みを離れた悟りの境地かあ… そんな境地にぜひ達してみたいものです。ゆるやかな男坂・女坂という迂回路も用意されているのですが、まあ涅槃に達するため、そして後学と話の種のために上ってみることにしましょう。ところがこれがきつい石段でした。急勾配に加え、一つ一つの石段の丈が高いため、膝を持ち上げるのが一苦労です。おまけに両側は杉木立で視界が遮られ、風景を楽しみこともできません。陰鬱な足取りと面持ちで青息吐息、上っては休み上っては休み、ぜいぜい、やっとのことで最上階に辿り着きました。
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 涅槃の境地? いやいや凡俗な私は疲労困憊を感じたのみでした。これまでもいろいろな石段を上ってきましたが、肉体的かつ精神的にこれほどきついものは類例がありません。金刀比羅宮(785段)、新宮の神倉神社(不明)と共に「日本三大きつい石段」にノミネートしましょう。しかしその趣は三者三様です。金刀比羅宮は途中に土産物屋あり、歌碑・句碑あり、見どころ・文化財あり、お休み処あり、讃岐平野を見下ろす眺望もよし、おまけに杖(無料)や駕籠タクシー(有料)のサービスあり、「まあまあ、せっかく来たんだから楽しんでくれぞなもし(何弁だそりゃ)」的な、手取り足取り腰取りいたれりつくせりのホスピタリティに満ち溢れています。一方、神倉神社の石段は、まるでファーゾルトの乱杭歯のようです。さまざまな形態の巨石を無造作に無愛想に積み上げた代物、もう上りにくいったらありゃしない。そこには「ご神体が大事なのであって、そこに至るプロセスなどどうでもいいのじゃよ、チミ」というメッセージを感じます。また、無秩序なだけに、どの登攀ルートを選択するかは主体的に決断することができます。ところがこの「菩提梯」ときたら、ホスピタリティの"ホ"の字もないし、眺望も悪いし、急勾配にして丈の高い石段をただひたすら恐るべき単調さとともに上るだけ。「それも修行じゃ、たわけ」と喝を入れられたら返す言葉もありませんが。"我を捨てよ、法華経の教えにのみ従え"という教義を、具現化している石段なのかもしれません。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-10-07 08:28 | 中部 | Comments(0)
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