「放射線を浴びたX年後」

c0051620_614542.jpg 先日、「放射線を浴びたX年後」という映画を、ポレポレ東中野で見てきました。仕事が終わった後、午後六時にJR東中野駅の改札口で山ノ神と待ち合わせ。駅から徒歩五分、事前に調べておいた南インドカレーのお店「カレーリーフ」で腹ごしらえ。少々値段が高いのと、少々時間がかかるのが玉に瑕ですが、それはそれは美味なるキーマカレーと焼きたてのナンをたいらげました。山ノ神は、サイドメニューで注文した焼いたラム肉が気に入ったようで、二人で再訪を誓いました。
 そして上演寸前にポレポレ東中野に到着。監督は伊東英朗、製作は南海放送、2012年につくられたドキュメンタリー映画です。パンフレットの紹介文を引用しましょう。
 1954年アメリカが行ったビキニ水爆実験。当時、多くの日本の漁船が同じ海で操業していた。にもかかわらず、第五福竜丸以外の「被ばく」は、人々の記憶、そして歴史からもなぜか消し去られていった。闇に葬られようとしていたその重大事件に光をあてたのは、高知県の港町で地道な調査を続けた教師や高校生たちだった。その足跡を丹念にたどったあるローカル局のTVマンの8年にわたる長期取材のなかで、次々に明らかになっていく船員たちの衝撃的なその後…。そして、ついにたどりついた、"機密文書"…そこには、日本にも及んだ深刻な汚染の記録があった。
 そう、きわめてメッセージ性の高い、気骨ある映画です。浅学にして知らず、また想像もしなかったのですが、第五福竜丸だけではなく多くの漁船や貨物船が水爆実験によって被曝していたのですね。まず映画は、その乗組員へのインタビューから始まります。当時の状況、そして仲間の多くが若くしてガンでなくなったことを彼は語ります。しかし政府からの補償等は一切なく、また調査も行われていません。こうした忘れられた/消し去られた事実を丹念に掘り起こし調査をしたのが、元高校教師の山下正寿氏と幡多ゼミ。後者は、山下氏が顧問を務め、高知県幡多地区の高校生が主体となり地域の現代史に関する調査活動をしているゼミナールです。カメラは、乗組員やその遺族への山下氏による聞き取り調査を淡々と追っていきます。怒り、不安、諦め、さまざまな思いを秘めたその表情を眼前にすると言葉を失いただ凝視するのみ。そして彼と南海放送による探求のメスは、この事件の背後にある日本とアメリカ両国政府の動向へと向けられ、衝撃的な事実をあばきだしていきます。例えば、1954年12月、日本政府は、被曝した魚の放射線検査をすべて打ち切ります。その直後に、アメリカ政府は「完全な解決」を条件に、慰謝料として200万ドルを支払うという公文書を日本政府ととりかわしました。日本政府は、その4分の3を、魚の廃棄や魚価が下がったことへの補償に、残りを第五福竜丸乗組員の治療費にあてることを閣議決定します。つまり、これによってアメリカの責任は問われず、また他の被曝者への補償は無視されたわけですね。また、南海放送は2009年に、アメリカエネルギー省から、水爆実験を所管した米原子力委員会の機密文書を入手しました。これによると、放射性降下物の世界規模の広がりが記録されており、日本全土にも振りそそいだことがわかります。実は最近、私や山ノ神の五十~六十代の知人が、ガンによってあいついで他界しています。この時期に多数行われた水爆実験による内部被曝という可能性も考えられますね。そしてアメリカは、放射性降下物の拡散状況を調査するために、この実験の一年前に世界各地に122ヶ所のモニタリングポストを設置していたのですね。日本では、広島・長崎(!)を含む5ヶ所に設置されています。
 そしてラストシーン近く、聞き取り調査で疲れ果てた齢六十代なかばの山下氏が、カメラに向かって静かに訥々と、しかし力強く語りかけます。"赤い子"と呼ばれる蟹がいる。その小さな蟹が掘った無数の巣穴によって、やがて堤防は決壊するのだ、と。ちなみに氏は、被曝した乗組員たちに、被曝者手帳が交付されるよう、地道な運動を続けられています。
 そう、タイトルのX年後とは、福島のX年後でもあるという隠喩です。この映画が描いた水爆実験による被災を調査・記録して後世に残すとともに、亡くなった乗組員の遺族や存命している乗組員、その家族の方々を救済しなければ、政府はまた同じことをくりかえすのでしょう。被曝した人たちを放置し、次々と亡くなっていくのを見て見ぬふりをし、やがて人々の記憶から消え去るのを待つ。足尾、水俣、そして水爆実験による被曝、そこには"民益"を無視して"国益"や"社益"をひたすら追求してきたこの国の闇が深く刻まれています。この連鎖を断ち切るのは、私たちが、このおぞましい堤防に、小さくてもいいからどれくらいの数の巣穴をあけられるかにかかっていると思います。大きなメッセージを静かに語りかける、素晴らしい映画でした。

 帰る際に、『核の海の証言 ビキニ事件は終らない』(山下正寿 新日本出版社)と、DVD『祝(ほうり)の島』を購入。後者は、上関原発建設に反対しつづけてきた山口県祝島の人びとを描いた映画です。なおニュースによると、この原発の建設計画が白紙となる可能性も出てきたようです。ここにも巣穴がひとつ…
by sabasaba13 | 2012-10-10 06:15 | 映画 | Comments(0)
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