大井川鐡道編(1):島田(11.5)

 鉄男と自称する/他称されるほどの熱烈な鉄道ファンではありませぬが、鉄五郎くらいの関心は持っています。と言うよりも、列車に乗ること、それが走っているのを見ること、転車台や扇形車庫など鉄道物件や古い駅舎を撮影することが、無性に好きです。何故なのでしょうね、ま、よく理由は分かりませんが。今回は、以前から訪れてみたいと思っていた大井川鐡道に乗ってみることにしました。行程は一泊二日、いろいろと調べてみると、列車の本数がきわめて少ないため、悪魔の如く細心な旅程が要求されるようです。あーでもないこーでもないと思案した結果、次のような行程計画ができあがりました。初日は島田で蓬莱橋、金谷で東海道石畳を見物し、金谷から蒸気機関車に乗って千頭へ。転車台を見て、バスで寸又峡へ移動、寸又峡を散策して温泉宿に宿泊。次の日はバスで奥泉駅に移動し、あぷとラインに乗って終着駅の井川へ。ダムを見学した後、あぷとラインに乗ってUターン、閑蔵で降りて接岨峡を歩きながら関の沢鉄橋を遠望。接岨峡温泉から再びあぷとラインに乗って奥泉へ。バスで千頭に行き、大井川鐡道で金谷へ、そして静岡まで移動して新幹線で帰郷。さっそくインターネットで、蒸気機関車と宿を予約して(たぶん)準備万端整いました。それでは参りましょう。なお持参した本は「からくり民主主義」(高橋秀実 新潮文庫)です。

 五月好日、まずは新幹線ひかりで静岡へ、東海道本線に乗り換えて島田に到着です。駅前には宗長庵址という碑がありました。宗長か…たしか水無瀬三吟百韻で、宗祇・肖柏とともに連歌を巻いた方ですね。へーここ島田の出身だったんだ。元禄年間に島田宿の俳人・塚本如舟が、彼に思いを寄せ、ここに宗長庵を営み、宿の雅人と諷詠を楽しんだそうです。芭蕉とも親交が深く、ここと訪れたこともあるとのこと。「さみたれの空吹きおとせ大井川」という句の断碑もありました。
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 さて蓬莱橋まで歩いていこうとしたその時、やりい! 市営の貸し自転車を発見。さっそく拝借することにしました。これで橋に加えて、大井川川越遺跡を見ることができます。いただいた観光地図を見ながらペダルをこいでいると、中部電力ビルに遭遇。おお、あなたがたが、世界で一番危険な浜岡原子力発電所を稼働させてきた張本人ですか。人為ミスによる事故の可能性、日常的に排出される微量の放射性物質、海中の生態系を狂わせる温排水の放出、使用済み核燃料の処分、廃炉にかかる莫大な費用といった諸問題はさておき(さておくことはできないのですが)、もし直下型地震がそこを直撃したら言語や想像を絶する人類史上最悪の大惨事が起こる可能性は大です。中部圏・首都圏・近畿圏が深刻な放射能汚染にさらされて…そう、字義通り日本という国は破滅でしょう。あなたがたのいかがわしい利権の道連れにされて… そうならぬことを切に願い、一刻も早い廃炉と安全性の確保を希求します。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-10-13 06:14 | 中部 | Comments(0)
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