大井川鐡道編(7):千頭駅(11.5)

 そして一時間半ほどで千頭駅に到着、ここからバスで寸又峡に向いますが、しょうしょう時間があるので駅構内を散策。あるホームの中ほどに、投炭練習機がありました。これは珍しい、鐡信くん/鐡乃さん(あーしつこい)だったら眼を潤ませるかもしれません。解説には、「SLで石炭をうまく燃やすためには、火室の中へ石炭を上手に散布しなければなりません。このため実際のSLに乗務する前に、この模型投炭練習機できびしい訓練を行ないます。これは、9600形SLの模型ですが、今はどこにも見られない貴重なものです」とありました。散布! そうか、ただ投げ込めばいいというものではないのですね。火室内の状況を一瞬にして見極め、石炭がうまく燃えるように散らしながらばらまくわけだ。見習いの岩田鉄五郎くん(仮名)が、雨の日も風の日も黄砂の日も、歯を食いしばりながら機械と人間の調和を求めてここに石炭を投げ込んでいたのかと思うと、胸が熱くなってきます。でも彼は、自分の投げいれた石炭で蒸気機関車が快調に走る日を夢見て、それが人の役に立つと信じて、そして己の技量が日々向上するのを楽しみながら、石炭を投げ入れる練習に日々勤しんでいたのではないのかなあ。「甘い」と言われたら返す言葉もありませんが、そう信じたいものです。ふと小関智弘氏の名著 『ものづくりに生きる』の中で紹介されている"機械にもニンベンをつけて仕事をするもんだ"という含蓄のある言葉を思い出しました(p.13)。ついでと言ってはなんですが、感銘を受けた言葉をいくつか同書より引用します。
 人のためではない。まして金のためなんかではない。ただ自分が納得できる仕事をしたいだけである。(p.25)

 つまらない仕事というものはない。仕事をつまらなくする人間がいるだけである。仕事が味気ないのではない。味気なく仕事をするから、楽しくないだけである。(p.69)

 職人というのは、人の役に立つ仕事をする人間です。その人間の仕事が楽しくないはずがない。楽しんで働けなければ、職人じゃないですよ。(p.85)

 "遊び"に理解のある職場ほど、働きやすい。たとえ結果としてうまくゆかなくても、その"遊び"に寛容な職場は人を育てる。職場のふところが深いということだろうか。分刻み、秒刻みに能率をあげることばかり考えているような職場は息がつまるし、遊びと怠けの区別もつかないような人のもとで働くのはたまらない。(p.133)
 もしかすると、グローバリゼーションとは、世界的な規模ですべての事象から"ニンベン"を芟除し、人間を効率や能率や利潤の下僕とする試みなのかもしれません。それに抗うために、まず身近なところから、すこしずつ"ニンベン"をペタペタとはりつける地道な営みをはじめたいものです。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-10-19 06:15 | 中部 | Comments(0)
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