軽井沢編(6):北軽ミュージックホール(11.7)

 さて出発まであと十五分ほどありますが、どうしましょう。何気なく駅にあった周辺の地図を見ると…「北軽ミュージックホール 指揮者小沢征爾も学ぶ」と記されています。ということは、彼の師である斎藤秀雄に関係する物件でしょう。傲慢かましてよかですか。実は私のチェロの師匠が、斎藤秀雄の弟子に薫陶を受けたそうです。ということは、私は彼の曾孫弟子(ツッコミ:おいおい)。これはぜひとも表敬訪問せねばならぬ、幸いここから歩いて数分で辿り着けそうです。地図を頼りにてくてく歩いていくと、すぐに見つけることができました。斜めの屋根を二つ組み合わせた、ちょっと塩沢湖にあるレーモンドの「夏の家」を思い起こさせるモダンな木造のホールです。入口にあった解説を転記しておきましょう。
 北軽井沢には小さなミュージックがあります。といっても元はセミナー会場として作られたホールです。今の近代的なホールとは比べものにもなりませんが、ここにはホールと4つの分奏室で囲まれた大きなナラの木がある中庭があり、昭和40年代にタイムスリップしたような幻想に駆られます。
 桐朋学園の斎藤秀雄さん(故人)、田中泰雄さん(故人)を中心とした仲間により昭和42年に作られ、小沢征爾さんをはじめ、多くの音楽家がここで過ごし、ここで学びました。このホールは昭和57年に、財団法人北軽井沢ミュージックホールから長野原町へ寄付されましたが、その後、ホールの老朽化が進み、修復を図る必要がでてきました。こうしたなか、この由緒あるホールを存続させ、なおかつ北軽井沢地域の発展に貢献したいと願う、音楽家や地元有志によりコンサートが開催されるようになりました。
 爽やかな空気の中、こんな質素だけれど素敵なホールで音楽仲間とアンサンブルをするのは至上の幸福だったでしょうね。いや、「セロがおくれた。トォテテ テテテイ、ここからやり直し。はいっ」という斎藤氏に厳しい指導に涙した方もいたかもしれません。なお氏に関する本の書評、「斎藤秀雄講義録」(白水社)、「嬉遊曲、鳴りやまず 斎藤秀雄の生涯」(中丸美繒 新潮文庫)が拙ブログにありますのでよろしければご照覧ください。
 なおホールのすぐ近くに「日本ロマンチック街道」という標識がありました。にほんろまんちっくかいどう??? 当該HPによると、"長野県小諸市より軽井沢町を過ぎ、群馬県草津町、沼田市を経て、栃木県日光市までの全長約230Kmの街道で、…日本に於ける最もドイツ的自然景観を持ち、同時に日本ロマン詩人達が多くの作品を残した、日本に於て最もロマンにあふれた街道"だそうです。ドイツのロマンチック街道の顰に倣ったのでしょう。"ロマンティシェ・ストラーセ"とは本来ローマ巡礼の道を意味するのでは、などという半畳は入れずにおくとして、そんなにドイツの景観と似ているかなあ。ローテンブルクとノイシュバンシュタイン城しか行ったことがありませんが、ちょいと疑問に思います。なお日本ロマン詩人とは、島崎藤村(『千曲川のスケッチ』)や若山牧水(『みなかみ紀行』)を指しているのでしょうか。さてそろそろバスへと戻りましょう。途中に「ちばぎん 浅間山荘 ←左折」という看板があったので、もしやあの事件の現場かといきりたちましたが、バスガイドさんに訊ねたところ違うそうです。軽井沢駅から南に10kmほど行ったところにあるとのことでした。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2012-11-08 06:13 | 中部 | Comments(0)
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