山形編(5):長井(11.8)

 ふたたび本町通りに戻り駅の方へ歩いていくと、ある商店の店頭に「東日本大震災 ゲンキオダセ…みんなで応援 風評におどるな」という貼り紙がありました。"応援"に関しては、もちろん大賛成ですが、"風評"については態度を留保します。放射能による悪影響を目いっぱい過小評価して、利権を守ろうと必死になっている原子力マフィア(官僚・政治家・企業)の存在を考えると、十把一絡げに"風評"と言うのは危険すぎます。御用学者・御用メディアを含めてそうした発言を挙げれば、枚挙に遑がありませんが、一つだけ紹介します。経済産業省と並ぶ原子力マフィアの巨頭・文部科学省が発表している「放射能を正く理解するために 教育現場の皆様へ」というパンフレットの中に「チェルノブイリ原発事故による影響」という一項があり、その最後にこう述べています。
 放射線の影響そのものよりも、「放射線を受けた」という不安を抱き続ける心理的ストレスの影響の方が大きいと言われています。
 やれやれ、これが"教育の振興および生涯学習の推進を中核とした豊かな人間性を備えた創造的な人材の育成"せんとする役所の実態です。まあ、2011年度原子力関連予算4556億円のうち、2571億円を分捕っているお役所ですから、原発利権を守ろうとする気持ちはよくわかりますけれどね。しかしそのために、子どもたちの命と健康と末来を犠牲にしてもかまわないというのですから、これはもう確信犯、大量殺戮行為です。いっそのこと、文科省まるごと福島第一原発の近くに移転して、被災者の塗炭の苦しみと底なしの不安を身に沁みていただきたいものです。話がそれましたが、"風評"と"真実"を見極める姿勢が必要だと思います。最近とんと御無沙汰していた"飛び出し小僧"を撮影し、ランドマーク的な「菓子の中央安城」ビルを右折してすこし歩くと、1933(昭和8)年に建てられた長井小学校に到着。モダンな味わいの木造校舎ですが、いまだ現役というのが嬉しいですね。門の所には、「大樹を仰いで後人を待つ」という石碑がありました。
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 そして再び本町通りへ、ある商店の店先に漬物容器が山のように積まれていたのに、この地の風土性を感じます。その先にあったゴミ収集所には、「必ず地区名、氏名を書いて出してください」という注意書き。監視の眼にはけっこう厳しいものがあります。
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 まるで武家屋敷のような芳賀醤油、1931(昭和6)年に架けられた撞木を撮影していると、雨が本降りになってきました。
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 ペディメントのある不思議なパン屋を通り過ぎ、路地の奥まったところにある上杉藩の青苧蔵御門を拝見。青苧とは「からむし」とも呼ばれ、皮をはぎとり蒸して晒して繊維とするための多年草で、上杉藩の重要な生産物だったそうです。その青苧を収める蔵の正門で、1663(寛文3)年に建てられた古い門です。大東薬品の建物は、蔵の前面をすっぽりと無粋で無機的なファサードで覆ったもの、ちょっともったいないなあ。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2012-11-27 06:17 | 東北 | Comments(0)
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