「民主主義の後に生き残るものは」(アルンダティ・ロイ 岩波書店)読了。さあいよいよ衆議院総選挙ですね。しかし、摩訶不思議・奇妙奇天烈に感じるのですが、人びとの命や暮らしを深刻に脅かしている二つの問題点がまったく争点になっていません。一つは、福島の方々(特に子どもと若者)を放射能汚染からどうやって守るのか。拙ブログでも触れたように、これは喫緊に対処しなければ、何年か後には恐るべき事態が到来する可能性がきわめて高い問題です。二つ目は、沖縄にあまりにも過重な負担を強いている日米安保体制の可否。ほんとうにそれは私たちの命と暮らしにとって必要不可欠なのか、実は世界の平和と安全を脅かしているのはアメリカおよびその軍事的衛星国ではないのか、あるいは経済的負担の少ない、軍人にとってのリゾートとして手離したくないだけなのではないのか(チャルマーズ・ジョンソン氏の指摘)。選挙の論戦を見ているかぎり、"棄民"を平然としつつ己の利権を守ろうとする原子力村・安保村の住人が候補者の中に相当数まぎれこんでいるようです。それをきちんと報道しないメディア、それに気づかない国民にも大きな責任はあるのですが。お祭り騒ぎの中、一日だけ主権者にまつりあげられて後は棄民とされてしまう、またその繰り返しなのでしょうか。気が滅入りますね、いいかげん。これは民主主義とは似て非なるものではないのか、どうすれば民主主義を再生…いやこの国には一度も根付いていないな、確立することができるのか。そんなことを考えているときに出会ったのが本書です。
著者のアルンダティ・ロイ氏は、作家であると同時に、グローバリゼーションや非民主主義的強権に抗い、それをエッセイとしても書き綴っているインドの女性です。私も『帝国を壊すために-戦争と正義をめぐるエッセイ』(岩波新書)や『誇りと抵抗-権力政治を葬る道のり』(集英社新書)を読んできましたが、その明晰な分析、虐げられた人びととの連帯意識、辛辣なユーモアには敬服しました。本書は2011年3月に行われる予定であったが東日本大震災のため中止となった講演や、ウォール街占拠運動支援演説、インドの現状への批判、そして訳者の本橋哲也氏によるインタビューからなる政治エッセイ集です。 インドと言えば、模範的な民主主義体制のもと目覚しい経済成長をなしとげている優良国家という言説が流布されていますが、本書で蒙を啓かれました。とんでもない! 大企業の利益の前に貧しい人びとの人権は蹂躙され、さらにアメリカの干渉によりグローバル企業の草刈場とされているインド。二大政党であるインド人民党と国民会議派はともに大企業の利益優先を党是とし、選挙において選択肢がないインド。巨額の国家予算を軍事費にそそぎこむインド。政府、政党、裁判所、メディア、知識人が大企業によって丸抱えされているインド。彼女の鋭い舌鋒をいくつか紹介しましょう。 それはまるで、封建主義とカースト制度の重荷で腐りつつある旧弊な社会が、巨大な攪拌器の中でかき回されているかのようだ。それによって古くからの不平等の網が破られ、そのいくつかは修正されたが、多くはさらに強化された。いまや古い社会は凝固して、濃縮クリームの薄い層と、その他たくさんの水とに分離する。この「クリーム」層が(車や携帯電話やコンピューターやヴァレンタインデーのカードを買う)何百万もの消費者のためのインドの「市場」であり、世界のビジネスの垂涎の的。たくさんの「水」は放っておけばいい。バチャバチャとはね散らかしたり、池に溜めておくなりしていずれ捨ててしまえばいい、というのが企業の理事室で男たちが考えていることだ。(p.26)ずきっ そう、日本の現状と瓜二つです。企業と政府・政党が一体となって、その利益のために民主主義を管理・統制するという構図ですね。人間を犠牲にした金儲けに歯止めをかけるために、どのようにして民主主義を再生/確立すればよいのか、著者もいくつか提言をされていますが、もちろん特効薬などありません。訳者の本橋哲也氏が言われているように、"非力ではあっても無力ではない言葉の力"(p.154)に賭けながら、考え行動してゆくしかないでしょう。同じように感じ憤っている世界中の何億、何十億の人と組む腕のなかに、希望は息づくものと信じて。 さて、今回の選挙ではロレアル製でない政党はあるのかしらん。メディアが、各政党が受け取っている政治献金の明細を報道してくれたら一発でわかるのですが、なぜそうしてくれないのでしょうか??? ま、言わずと知れていますけれどね。 選挙の結果が、真の民主主義確立へ向かう第一歩となるのか、それとも民主主義らしきものの脳死状態となるのか、前者を期待して見守りましょう。
by sabasaba13
| 2012-12-14 06:19
| 本
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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