山形編(19):山形(11.8)

 そして路地に入ると、私がこれまでに出会った古い写真館の中でも五指に入る傑作、西村写真館と再会です。夢見る乙女のようなスイートな趣には惚れ惚れしてしまいます。竣工は1921(大正10)年、当主自ら設計施工したそうです。その先にある井筒屋は創業約270年の酒舗の酒蔵を利用したショップとして利用されていますが、妻の部分にある三重の束と梁が見る目を楽しませてくれます。その先には「月ぎめ駐車場」という看板、そう、こう表記してくれれば「駐車場の月極チェーンて日本全国にあるんだね」などという勘違いをしないですむというもの。
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 積雪時における消火栓の在りかを示す目印は、米沢とは違い、きっちりと設えたものです。明善寺の門前に掲げられていたお言葉は「地が狂えば地震、火が狂えば鬼、水が狂えば水害、人が狂えば鬼となる。」というものでした。原子力マフィアのみなさんに贈呈したい言葉ですね。なお今気づいたのですが、このお寺さんの伽藍の設計は、米沢市出身で日本最初の建築史家、伊東忠太だったのですね。前回も見落としましたが、今回も見損ないました。不覚。三度目の正直、次回こそ訪れることにしましょう。
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 旧市島銃砲火薬店は、まるでギリシャ神殿。1926(昭和元)年竣工の山形県でも最も早い時期に建てられた鉄筋コンクリート造の建築だそうです。湖商店は、切妻造りの建屋を垂直に組み合わせた不思議な商家です。「テナントさん募集中」と、"さん"付けした広告に、地方経済の窮状を感じます。
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 おっ、冥界への入口のような「ヤマイチクラブ」はいまだ健在でした。
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 トイレを拝借するために入った商業ビルで男女表示を撮影し、狭い一画に屋台が建ち並ぶ「ほっとなる横丁」に到着。
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 そろそろ小腹がへったので、山形のご当地B級グルメ、どんどん焼きを食べようと山ノ神を誘いました。すると彼女は、口を開けて私に向けてはああああと息を吹きかけます。なんだなんだ、公衆の面前で。「香るでしょ」「何が?」「米沢牛の匂い」「言われれば…」「美しい思い出を毀したくないの」 勝手にしなさい。ある屋台でどんどん焼きを注文、何でも客寄せのために太鼓を「ドンドン」と叩きながら売られたことから命名されたそうです。いわゆる粉もん、魚肉ソーセージ入りの練った小麦粉を箸に巻きつけて焼きあげ、海苔をまいてソース味で食べるという、なんともチープで昔懐かしい一品です。さすがにお腹がへったのか、美味しそうに食らいつく私をじっと見つめる山ノ神。他人が砂浜につくった砂の城を壊したくなるのは人の常、彼女の眼前でどんどん焼きをゆらゆらと揺らすと、かぷり、かぶりつきました。これで米沢牛の残り香は粉微塵に吹き飛ばされたことでしょう。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2012-12-19 07:16 | 東北 | Comments(0)
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