三渓園編(4):三渓園(11.12)

 その先には展望台があり、コンビナートの向こうに富嶽を眺めることができました。そして道を戻り、旧燈明寺三重塔へ。京都相楽郡加茂町の燈明寺にあった三重塔を移築したもので、創建は室町時代と推定され、関東では最古の塔だそうです。ここからの眺望を期待したのですが、木立にさえぎられ見晴らしは良くありませんでした。
c0051620_6192187.jpg

 そして山を下り、田舎家風草庵の横笛庵へ。横笛は、高倉天皇の中宮・建礼門院に仕え、平清盛の従者である斉藤時頼(滝口入道)と悲恋に終わった女性ですね。その像は戦争に際に失われたとのこと。なお奈良・法華寺からの移築とも言われますが詳細は不明だそうです。その先にあるのが合掌造の旧矢箆原(やのはら)家住宅。岐阜県大野郡荘川村岩瀬(白川郷)にありましたが、ダム建設により三溪園に寄贈されたそうです。
c0051620_619425.jpg

 禅宗様の旧東慶寺仏殿は、鎌倉の東慶寺にあった仏殿で1907(明治40)年に移築されました。なおこのあたりの紅葉はひときわ見事でしたので、去りゆく錦秋を惜しみながらしばしそぞろ歩きを満喫。それではそろそろお暇をしましょうか。初音茶屋は、かつて入園者に麦茶などをふるまい、タゴールや芥川龍之介もその様子を文章に残しているそうです。龍之介がつくった句が「ひとはかり うく香煎や 白湯の秋」…うーん、ごめんなさいよくわかりません。
c0051620_620284.jpg

 そして大池をめぐりながら、旧燈明寺本堂、三渓園天満宮を通り過ぎると、これでほぼ一周、入口に戻りました。
c0051620_6202142.jpg

 それではバス停に向かいましょう。近くのお土産屋さんでは、「割り目に味をわざわざしみこませた割り餅」という、おそらく日本一長い名称の菓子を売っていました。"わざわざ"という副詞に、職人の矜持を…感じないですね。時刻は午前11時ちょっと前ですが、「満車」というプラカードを持った係の方が自動車の整理をされていました。午前9時の開園と同時に入ってよかった。やはり、早起きは三文の得ですね。
c0051620_6204163.jpg

 バスで根岸駅に戻り、大船で横須賀線に乗り換え。小腹がへったので大船軒の「鯵の押し寿し」を購入、逗子に向かう車中で舌鼓を打ちました。そして逗子駅からバスに乗ること二十分弱で神奈川県立近代美術館(葉山)着、こちらで見た「ベン・シャーン展」については以前に拙ブログで紹介しましたので、よろしければご笑覧ください。

 本日の三枚です。
c0051620_621129.jpg

c0051620_6212130.jpg

c0051620_6214212.jpg

by sabasaba13 | 2013-05-30 06:21 | 関東 | Comments(0)
<< 三渓園編(5):椿山荘(11.12) 三渓園編(3):三渓園(11.12) >>