『安倍改憲政権の正体』

 『安倍改憲政権の正体』(斎藤貴男 岩波ブックレット871)読了。やれやれ、先日の都議選で、候補者全員当選、59議席獲得で自民党完勝ですか。それにコバンザメのようにへばりつく公明党も全員当選、23議席を獲得。やれやれ。おまけに投票率は43.5%、やれやれ。それにしても、自民党に投票された方は、安倍晋三伍長の掲げる政策を理解し支持しているのでしょうか。あるいは富裕層だけが潤うのを知らず"経済成長"という甘言に目が眩んだのか、または「日本を(筆者注:自民党の手に?)取り戻す」だとか「日本が(筆者注:奈落の底へ?)動き始めた」とかという意味不明な胡散臭い謳い文句に惹かれたのか、はたまた「民主党よりはまし」「他の政党より良さそう」といった茫漠として気持ちからなのか。でも、最近のニュースに気を配っていれば、安倍伍長のめざすものがある程度わかりそうなものですが。4月には、ジュネーブで開催されたNPT=核拡散防止条約再検討会議のための準備委員会で、核の不使用をうたった共同声明が発表されましたが、日本は賛同しませんでした。6月には、福島第一原発事故後の除染について、政府が自治体に対し、今年度の計画達成は難しいことや、作業しても放射線量が下がらない場所の再除染を認めない考えを非公式に伝えていたことが分かりました。同月、全国で唯一稼働している関西電力大飯原発3、4号機の現地調査の結果、原子力規制委員会は、運転停止を求める重大な問題はないとの認識を示しました。アメリカの核使用を容認し、福島の人々を弊履の如く見捨て、原発の再稼働を推し進める。これに、原発輸出への意欲、弱者のわずかな富をまとめて強者に移転する消費税の増税、格差是正への無策・無関心、愛国心の強要を付け加えれば、安倍伍長と自民党が考える日本の将来像が見えてこようというものです。しかし浅学のため、そうしたジグソーパズルの断片を嵌め込み、一枚の大きな絵にする力が私にはありません。それを為すのがジャーナリスムの使命だと確信しますが、いかんせん安倍政権に擦り寄り無惨な姿を晒すのみ。いや、あきらめたらそこで試合終了、『DAYS JAPAN』という気骨あふれるメディア、そして斎藤貴男という舌鋒鋭いジャーナリストの活躍に期待しましょう。
 さて本書ですが、かつて 『言論統制列島』(鈴木邦男・斎藤貴男・森達也 講談社)の中で、"五十、六十にもなって親の七光りで権力を握っているなんて普通なら恥ずかしくて首をくくりたくなると思うんだけれど、彼らはそうではなくて、国を背負った気になっちゃうことができるんです"と、快哉を叫びたくなるような言を述べられた斎藤氏が、その典型的な人物である安倍伍長が描く日本の将来像の青写真を精緻に分析し、鋭く批判したブックレットです。
 その青写真とはどういうものか。斎藤氏が指摘されるのは、まずアメリカの属国としての価値を上げること。
 安倍政権が目指す日本の将来像は明確です。彼の中で「戦後レジーム」とは戦争を否定する日本国憲法のことのみを指すのであって、アメリカの属国であることへの問題意識はかけらほども存在していません。いえ、言葉の印象から導かれる一般の期待とは裏腹に、安倍さんはその現実そのものは嬉々として受け入れ、よりいっそうアメリカに貢献し得る、つまり日本の属国としての値打ちを上げることに尋常ならざる使命感を燃やしているように、私には見えます。…
 アメリカの属国であり、かつ大国らしく振る舞うことのできる"衛星プチ(ポチ?)帝国"。これまでのように戦争を否定せず、アメリカの世界戦略の補完機能を積極的に務めることによって、さらに可愛がっていただける国にしていく。これがつまり、安倍政権が突き進もうとしている日本の将来像ではないでしょうか。(p.7)
 アメリカの世界戦略とは、多国籍企業が世界中で展開しているグローバル・ビジネスを、軍事力でプッシュすること。日本企業も展開しているグローバル・ビジネスが活発化し、そこに資源の権益確保がからめば、テロリズムに直面するケースも増えてきます。それを米軍とその走狗である自衛隊が武力で抑え込もうということですね。なるほど、そりゃ日本国憲法第九条が邪魔になるわけだ。そして日本の一般市民を犠牲にして、アメリカ企業と日本企業の利益を優先すること。2013年2月末の施政方針演説における、「世界で一番企業が活躍しやすい国を目指します」という宣言がそれをよく物語っています。前者については、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)を挙げられています。農産物にとどまらず、医療や労働、金融、著作権など、あらゆる分野をアメリカ企業の草刈り場として献呈するのが、その真の狙いです。後者については、雇用制度改革。安倍伍長は、労働分野におけるよりいっそうの規制緩和、労働者をもっと簡単にクビにできるようにするための改革を目論んでいます。さらに、原発を中核に据えたパッケージ型インフラ海外展開の後押し。でも、自国の技術を信用できずに、既存の原発を停止し続けている国の原発を、外国は買ってくれるわけがありません。原発を売り込むためには、何としても原発の再稼働が必要であり、日本列島を原発のショールームにしなければならないのですね。まるで原発事故がなかったかのように振る舞い、除染をおろそかにし、福島の人々を見捨て、遮二無二再稼働を強行しようとする理由はここにもあったのでした。原発マフィアの利益のためだけではなかったのですね、奥が深い。
 それでは、安倍伍長の掲げる"教育改革"の本音はどこにあるのでしょう。従順で実直な大衆と、グローバル・ビジネスを牽引するリーダーという二極分解を目指しているようです。その核心に位置づけられる愛国心教育やナショナリズムの扇動について、斎藤氏は次のような鋭い分析をされています。
 TPPに対する姿勢もですが、私がとりわけ日米関係の文脈で安倍政権を信用できない要素のひとつに、ことさら"日本"を謳い上げたがる態度があります。政権が国益を重視するのは当然ですが、だったらどうして、あらゆる意味で最も厄介な存在であるアメリカと真正面から向き合い、主張すべきことを主張しないで、過去の戦争を美化したり、内向けのナショナリズムや、中国や韓国に対する差別意識を駆り立てることばかりしたがるのか。
 気持ちはわからないでもないのです。権力を世襲している彼らにとって、まさに例の"主権回復の日"から連綿と受け継がれてきた、日本をアメリカの、ということはグローバル巨大資本の属国であり続けさせていく選択は、単に政治や外交の領域だけにとどまらず、彼ら自身が生きていく上での絶対的な存在理由でもあるのでしょう。けれどもそれでは辛すぎる。いかにも属国では、国民も易々とは許してくれるはずがない。
 だから、日の丸・君が代なのです。"主権回復の日"であり、靖国神社であり、「従軍慰安婦などいなかった」のであり、「僕のおじいちゃんは正しかった」のであり、"自主憲法"の制定なのであり…。つまりはガス抜き。(p.32~3)
 以上、これだけでもいたたまれないのですが、私が最も衝撃を受けた一文があります。小学校における英語教育の必修化や、大学の入試・卒業要件にTOEFL(Test of English as a Foreign Language = 「外国語としての英語のテスト」)を使おうとする動きには、常々違和感を持っていました。日本語をまともに扱えずに英語もくそもないだろうと。このトーフルについては不学にもよく知らなかったのですが、英語に造形の深い鳥飼玖美子氏の話を聞いて驚きました。(『しんぶん赤旗日曜版』2013.5.12)
 TOEFLは、北米の大学で学ぶ非英語話者の英語力を測るため米国の民間教育機関が開発したもの。
 「なぜ日本の大学が受け入れないといけないのでしょうか。多くの人が知る必要のない米国の文化まで出てきます。そこまでアメリカ化されないといけないのか、自己植民地化です」
 おだやかだった表情が変わりました。
 「母語は、その人の思考をつくる基礎です。背景に文化、歴史などさまざまなものがあります。基本的人権なのですから大事にしてほしい」
 ますます違和感を覚えてきました。なぜ自民党は、むきになってアメリカ英語を教え込もうとするのか。本書を読んで、その疑問が氷解しました。
 経済評論家・森永卓郎さんに聞いた話を思い出します。TPPには反対の立場を取っている方ですが、それは彼がかつて経済企画庁に在籍していた当時の経験によるものだそうです。何かの交渉で、アメリカ側から「あなたがたが日本語を喋っていること自体が非関税障壁だ」という趣旨のことを言われたそうです。(p.31)
 はい、わかりました。アメリカ企業が日本国内で荒稼ぎできるようにするための布石なのですね。まさかここまで品格を失っているとは…おみそれしました、安倍伍長。

 というわけで、このまま安倍政権が国民の支持を得て突っ走れば、日本の将来はどうなるのか。おぼろげながら見えてきました。世界各地で荒稼ぎをする日本企業、それを軍事力でサポートする自衛隊、草刈り場にされた国の人びとの怨嗟を一身に浴びる"美しい国"日本。福島の人々は見殺しにされ、原発がフル稼働し、新規の原発も次々と建設されていく"美しい国"日本。農業は壊滅し、生物としての生き死にまでをアメリカに左右される"美しい国"日本。流暢なアメリカ英語を操りながらアメリカ企業の底辺労働者として酷使される人々であふれる"美しい国"日本。
 やれやれ、何度でも清沢洌の言葉を引用します。(『暗黒日記』より)
 それにしても国民は「責任の所在」を考えないのだろうか。イグノランスの深淵は計りがたい。

by sabasaba13 | 2013-06-26 06:13 | | Comments(0)
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