甲斐路編(6):信玄堤(12.5)

 朝目覚めてカーテンを開けると、雲は多いのですが雨の心配はなさそうです。チェックアウトをし、まずは中央本線に乗ること四分ほどで竜王駅に到着。やけにモダンな駅舎でしたが、今調べてみたところ安藤忠雄氏の設計でした。駅前で客待ちをしていたタクシーに乗って十分ほど走ると、そこが信玄堤公園。戦国時代の武将・武田信玄が、氾濫をくり返す釜無川の水を治めるため、約20年という歳月を費やして築いたとされる日本最古の治水土木施設「信玄堤」沿いにある公園です。車からおりて堤にあがると、眼前には轟々と流れる釜無川と雲に霞む山々。解説板によると、甲府盆地を西から脅かす暴れ川、釜無川と御勅使(みだい)川の洪水を防ぐための総合的な施設が、信玄の命によってつくられたと言われます。「石積出し」「将棋頭」「堀切」「高岩」といった治水施設で御勅使川の流れを弱め、それをしっかりと「信玄堤」が受け止めるという仕組みです。付近には、洪水の流れを弱めるために設置する、材木と石を三角に組み合わせた「聖牛」が復元されていました。
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 先人たちの智慧と工夫に敬意を表するとともに、その自然に向き合う姿勢には学ぶべき点が多々あるのではと考えました。自然の大いなる力への畏敬と、人間の微力さの自覚、自然災害は避け得ないものという諦念、しかしそれを最小限にとどめるよう人智を尽す。そうした謙虚さを忘れ、人間の利便や利益のために、科学技術で自然の力を抑え込もうとする増上慢が今回の福島原発事故を生んだ一因だと思います。利益の最大化をめざす社会よりも、危険の最小化をめざす社会で暮らしたいものです。
 駐車場で待機していただいたタクシーに戻り、竜王駅へ。そして再び中央本線に十五分ほど乗ると穴山駅に着きました。実は、旅行する前にいつもチェックする「文化遺産オンライン」で、穴山に水上写真館(北杜市須玉町藤田412)というレトロな写真館があることがわかりました。せっかくここまで来たのですからちょっくら寄ってみようと下車したのはいいのですが、駅員さんのいない無人駅で、駅前には…何もない。観光案内所はおろか、付近の地図もバス乗り場も人影もありません。電話ボックスはあるにはあったのですが(筆者注:私は携帯電話を持ちません)、タクシー会社の電話番号もわかりません。ざっくりと調べておいたのですが、穴山の市街地は駅からかなり離れたところにあり、徒歩で訪問するは無理です。チェック・メイト。次の列車がくるまで三十分ほど近くを徘徊し、シンプルな火の見櫓と、「能見城跡」というプレートと、法科学的検査・鑑定を生業とする「木下理化学研究所」という看板と、「交わりに笑顔絶やさぬ隣組」という標語を撮影。♪とんとんとんからりんと♪隣組がまだ息づいているのですね。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2013-09-05 06:14 | 中部 | Comments(0)
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