富士五湖編(6):本栖湖(12.5)

 荷物を置いて、フロントで自転車をお借りして、本栖湖一周へと出発。ホテルの前には、"秋の雨精進の船の上を打ち富士ほのぼのと浮かぶ空かな"という、与謝野晶子の歌碑がありました。今、インターネットで調べたところによると、1932(昭和7)年10月に、彼女は富士の裾野に遊び、精進湖に一泊しているそうです。精進湖の西側を半周し国道139号線に出て、一路本栖湖をめざします。ゆるやかなアップダウンはあるものの大きな障害とはなりませんが、行き来する車が多いので慎重にペダルをこぎました。ん? 急ブレーキをかけて自転車を停め、信号に表示されている文字に息を呑みました。「上九一色中学校入口」
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 そうか、迂闊にも気づかなかったのですが、このあたりが、オウム真理教のサティアンがあったかつての上九一色村だったのか。(現甲府市および富士河口湖町) 1995年の地下鉄サリン事件から、もう十数年たったのですね。世間の耳目を狂熱的に集めながらも、静かに風化していったオウム真理教という教団、それを単なる狂信的集団として切りすて忘れるのではなく、日本社会が抱える闇の一部として考える必要が今こそあるのではないでしょうか。例えば、村上春樹氏は『雑文集』(新潮社)所収の「東京の地下のブラック・マジック」の中でこう述べられています。
 いずれにせよ後世の歴史家が第二次世界大戦後の日本の歴史をたどろうとするとき、1995年という年は重要な里程標になるかもしれない。それは日本という国家が、大きく激しくその航跡を転換させた年だった。とはいっても、誰か特定の個人にその転換の責任があるわけではない。デ・キリコの絵の中に出てくるような、顔と名前を持たないミステリアスな誰かが、誰でもない誰かが、薄暗い操舵室で静かに舵を切ったのだ。(p.189)

 問題は、社会のメイン・システムに対して「ノー」と呼ぶ人々を受け入れることのできる活力のあるサブ・システムが、日本の社会に選択肢として存在しなかったことにある。それが現代日本社会の抱えた不幸であり、悲劇であるかもしれない。このようなサブ・システムの欠落状況が根本的に解決されない限り、似たような犯罪が再び起こされる可能性は十分にある。オウム真理教団を潰せばそれで解決するような単純な問題ではないのだ。(p.202)

 彼らは物語というものの成り立ち方を十分に理解していなかったかもしれない。ご存じのように、いくつもの異なった物語を通過してきた人間には、フィクションと実際の現実とのあいだに引かれている一線を、自然に見つけだすことができる。その上で「これは良い物語だ」「これはあまり良くない物語だ」と判断することができる。しかしオウム真理教に惹かれた人々には、その大事な一線をうまくあぶりだすことができなかったようだ。つまりフィクションが本来的に発揮する作用に対する免疫性を身につけていなかったと言っていいかもしれない。(p.204)
 またガバン・マコーマック氏は『空虚な楽園 戦後日本の再検討』(みすず書房)の中でこう言われています。
 オウム真理教は、イニシエーション、浄化、秘密伝授の儀式、個人の意思・知性を企業目的に同化・従属させようとするマインド・コントロールの手法において、ハイテク企業の組織に酷似している。(p.92)
 この二つの意見を敷衍して私なりにまとめると、こうなります。メイン・システム(例えば利潤追求を至上目的とする大企業)においては、マインド・コントロールによって個人をその集団に同化・従属させる。そのシステムから弾き出された個人は孤立・分散化して、反社会的なフィクションに惹かれていく。その両者ともに、「オウム真理教的なるもの」を含んでいる。稚拙な考えかもしれませんが、この問題にはこだわり続けていきたいと思います。
by sabasaba13 | 2013-09-25 06:17 | 中部 | Comments(0)
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