富士五湖編(15):富士吉田(12.5)

 さてそれでは腹ごなしにもうすこし散歩を続けましょう。なんともけったいなファサードを有する異形の廃墟には、側面最上部に「旅館 日昇」と記されていました。
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 子の神通りをぶらついて新世界通りに入ると木造三階建ての料亭らしき建物、そして先が見通せない曲がりくねった路地には怪しげな飲み屋が建ち並んでいます。
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 そして旧下吉田町役場を拝見し、フェイス・ハンティングを一発。リバーサイド通り(!)を歩いて中央通りへ。月江寺駅前には「残雪の不二は真近し稲荷祭」という新田次郎の句碑がありました。
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 駅周辺をふらふら歩いていると古いホーロー看板をかけならべてある煙草屋さんを発見。さっそくご主人にことわって撮影させてもらいました。「酒は現金 税務署」「たばこ小賣所」、掛け売りだと税を捕捉するのが難しいということなのでしょうか、ご教示を乞う。そしてひさしぶりに「こばた」物件をゲット。火の見櫓と食堂と踏切をおさめた、どこか懐かしい風景を撮影して月江寺駅へと向かいました。
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 まだまだ日本にはこんなにレトロでディープな街があったのかという驚きとともに、シャッターが閉まった商店の多さとどことなく暗い雰囲気には暗澹としました。わが畏敬する宮本常一氏曰く、「そこに住む人全体が前途に希望を持って各自の業ととりくみつつ生産をあげ、生活をゆたかにして」いけないものですかねえ。(『私の日本地図⑦ 佐渡』p.174 末来社) 経済成長・国際競争力の強化という迷夢からいいかげん醒めた方がいいのではないかと愚考します。太宰治が『右大臣実朝』の中で、"アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ"と言っているそうですが、この暗さを、何とかしようとするけれども思うようにいかないもどかしさが結晶したものだと思いたいものです。ただ救いだったのは、列車からおりた二人連れの女子中学生が、「ひさしぶりって感じ」「なんか懐かしいね」と話しながら、町の方へ歩き去ったことです。
 富士急行に乗って終点の河口湖駅で下車、「甲州名物 味噌焼き豚弁当」を購入して新宿行きの高速バスに乗り込みました。二台連なって来たというのにいずれもがらがら、落ち着いて弁当にありつけるわいと食しはじめると、富士急ハイランドで、色とりどりに髪を染めた若者たちが乗り込んできてあっという間に満席、着席すると一斉にスナック菓子を食べ、携帯電話をいじり始めました。ま、別にいいんですけどね。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2013-10-04 06:20 | 中部 | Comments(0)
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