尾瀬編(1):前口上(12.6)

 唐突ですが、イントロ当て早押しクイズです。

 ♪な♪

 いかがでしょう、正解は♪夏が来ーれば思い出す、遥かな尾瀬、遠い空♪でした。そうです、屋久島熊野古道を歩いて多少自信もついたし、せっかくトレッキング・シューズやデイ・バックやステッキも買ったし、王道中の王道、物心ついた時から憧れ続けた尾瀬に行ってきました。しかし、美しい自然の中をのんびり歩くのは大好きですが、"天は我々を見離した"的状況や"ふぁいと。いっぷぁーつ"的状況は絶対に避けたい自称すちゃらかハイカー。いろいろと調べて見たのですが、私のようなすーだらハイカーでも踏破するのは可能のようです。旅行代理店でパンフレットをもらってつらつら眺めましたが、いろいろな旅行形態があるのですね。日帰り、一泊二日、二泊三日、新幹線利用、老神温泉とのセット、などなど。官僚風に言うと、慎重に熟慮を重ね総合的に判断した結果、次のようなツァーを選ぶことにしました。深夜に池袋発で車中泊、鳩待峠に早朝着、自由行動の後山小屋泊。二日目も自由行動で大清水からバスに乗車。なにせ、とうしろうなもので、このコースで良いのかどうかわかりませんたが、結果としては満足のゆくものでした。そして宿泊する山小屋も選べるとのこと。ど、れ、に、し、よ、う、か、な、ん? 東電小屋というのがあるぞ。地震多発列島に核(原子力)発電所を乱立し、事故対策も手を抜き、深刻な事故が起きるとできるだけ被害を過小に見積もって責任を逃れ、みんなが忘却するのをじっと待つ、あの人倫に悖る卑劣で没義道な企業と、美しい尾瀬とどのような関係があるのか? 同社のHPに紹介してある由来を要約して引用します。大正期ごろ、高まる電力の需要に応えるために、尾瀬の豊富な水を生かした水力発電を行なおうと、利根発電が尾瀬の群馬県側の土地を取得しました。しかし度重なる戦争や震災で大規模な開発が難しかったこと、また尾瀬の自然は守るべきだという声が強かったことから、計画が実現しないまま、その土地は1951 (昭和26)年の東京電力設立時に、前身の会社から引き継がれました。現在、尾瀬国立公園全体の約4割、特別保護地区の約7割の土地を東電が所有しています。昭和30年代後半にハイカーの数が増えるにつれて、尾瀬の自然は瞬く間に荒廃していきました。東京電力は、その頃から、一度失われた自然を守ろうと、尾瀬の"自然保護"に力を注ぐようになり、木道の敷設やアヤメ平の湿原回復作業などに取り組んでいます。国立公園の土地所有者に、その保護活動まで行う法的義務はありません。しかし東京電力は「企業の社会的責任」(※私の弁ではありません、東電の弁です)という観点から、尾瀬の保護に長年取り組んでいるとのことです。
 いやはや、放射能により自然を半永久的に破壊し、その社会的責任を免れようと齷齪している実態が明らかになっても、いまだこの一文をHPに掲載しているとは。見上げたもんだよ屋根屋の褌です。要するに、企業のイメージ向上に利用できる自然は大切にし、そうではない自然は利潤のために破壊されても省みないということですね。原発事故に対する反省なり釈明なりの反応があるのかないのか、確認する意味でも東電小屋に宿泊することにしました。持参した本は『ヤマケイ アルペンガイド3 尾瀬』(山と渓谷社)と『怒りの葡萄』(J・スタインベック 新潮文庫)です。
by sabasaba13 | 2013-10-08 06:18 | 関東 | Comments(0)
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