房総編(1):千葉高架水槽(12.7)

 2012年文月某日、千葉県を二泊三日でまわってきました。今回は大きなテーマはなく、言わば落ち穂拾いの旅でした。初日に、千葉市にある高架水槽と*ポートタワーを見物し、*木更津に移動して宿泊。二日目は下郡にある古い郵便局を訪れた後、久留里を徘徊。*鋸山を彷徨して木更津市内を散策。この日も木更津泊です。三日目は佐倉を訪問、帰りに*京成バラ園に立ち寄るという旅程を立ててみました。え、*印は何だとお訊ねになりますか… 気づかれてしまったか、ええと、実は「恋人の聖地」として認定されているところです。思い起こせばはじめて出会ったのが福岡タワー、当初はぶつぶつぐちぐち半畳を入れていたのですが、諸所で遭遇を重ねるうちにだんだんと愛着が湧いてまいりました。妻帯の身でありながら不遜な、と言われれば返す言葉もありませぬが、ま、ジョルジュ・サンドも"愛せよ。人生においてよいものはそれのみである"と言っていることだし、若者のロマンティシズムをかきたてる場を訪れてそのお裾分けをいただくのも一興。というわけで、いつもにも増してチャンプルーのような徘徊のはじまりはじまり。持参した本は『トクヴィル 現代へのまなざし』(富永茂樹 岩波新書1268)です。

 まずは千葉高架水槽へと向かいます。JR千葉駅東口から京成バス「大学病院」行きに15分ほど乗って「中央博物館」で下車。大きな物件なのですぐに見つかると思いきや、鵜の目鷹の目、周辺を見回しましたが見当たりません。通りすがりの方に訊ねて、大学病院の敷地を通り抜けると、おおっ墓地の向こうに屹立しているではあーりませんか。全国でも稀な正12角形のなかなかソリッドな形状、現在でも水道施設として稼動している働き者です。そのため敷地内に入れず遠望するしかないのが残念、とりあえず小道に沿って周囲を歩きました。しばらく歩くと、直方体の突出部がある側が見えてきます。
c0051620_8165610.jpg

 それにしてもこの高架水槽ができたおかげで、人々の暮らしがどれほど助けられたでしょう。先日読んだ賀川豊彦の自伝的小説『死線を越えて(中)』(今吹出版社)の中に、次のような一節がありました。
 水飢饉で貧民窟は水が無い。一里半も先の灘の酒屋が飲料水を持って来てくれた。北本町六丁目人口千三百人に対して水道の活栓はたった二つしか無かったが、午後五時にちょっと水が出たが、その時には喜恵子はバケツ一杯の水を汲むために五十八人目に立っていた。(p.416)
 もちろん単純な比較はできませんが、水を確保しづらい苛酷な生活の一端を想像することができます。人間のこうした生きづらさを少しでもやわらげるのが、科学や技術だと思います。ブレヒトが"私は科学の唯一の目的は、人間の生存条件の辛さを軽くすることにあると思うんだ"(『ガリレイの生涯』)と言っている通りです。人々の暮らしや故郷や末来を完膚無きまでに破壊し尽くす核(原子力)発電という科学技術は、はたしてその名に値するものなのでしょうか。

 本日の一枚です。
c0051620_8171725.jpg

by sabasaba13 | 2013-10-20 08:18 | 関東 | Comments(0)
<< 房総編(2):千葉ポートタワー... 言葉の花綵92 >>