房総編(6):久留里(12.7)

 もう一つの展示が、噂の「上総掘り」に関するものでした。解説板から引用しますと、"「上総掘り」は、竹ヒゴ・掘鉄管・削り屑を取る「スイコ」の組み合わせによる井戸の掘削技術で、明治時代の中頃に君津地方で開発されました。…竹ヒゴと簡単な鉄製部品を使い、少ない人力で深く掘削できるため、水不足に悩む東南アジアやアフリカの地域でも、その技術が生かされて"いるということです。足場のミニチュア模型なども展示してありました。いま、世界で、水が足りないためにいったいどれくらいの人々が死に直面していることか。ジャン・ジグレール氏は、『私物化される世界』(阪急コミュニケーションズ)の中でこう言っておられます。"人類史上初めて、私たちは過剰な財を享受している。地球はその財貨の重みに耐えかねて、ほとんどくずれおれんばかりだ。供給可能な財は人類の生存に必要な量を1000倍も上回っている。しかし、死体の山も増え続ける。開発の遅れを象徴する黙示録の四人の騎士の名は、飢え、渇き、疫病、戦争である。このために、六年間の第二次世界大戦の大殺戮を上回る数の男女、子どもたちが毎年死ぬ。第三世界のひとびとにとってはまさに「第三次世界大戦」が進行中なのだ。(p.12~3)" ハイテク機器や技術で水を供給しても、結局はグローバル企業が修理やメンテナンスで荒稼ぎをするだけです。それよりも、現地で入手できる材料と人力で井戸を掘れる、上総掘りのようなローテクの方がどれほど人の命を救えることか。推測ですが、江戸時代はこうしたローテクの宝庫だと思います。そういう意味でもこの時代を見直す必要は多々あるのではないでしょうか。
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 さてそろそろ列車がやってくる時刻です。せっかくここまで来たのですから、久留里線の終着駅、上総亀山駅まで行ってみることにしました。入線した列車に乗り込み、車窓から流れゆく風景を眺めていると人家や田畑もなくなりだんだん山がちとなってきました。新緑や清流を愛でていると二十分ほどで到着。駅には「上総亀山駅は、平成24年3月16日をもちまして無人駅とさせていただきます」という悲しい知らせが貼ってありました。ベンチには「久留里線輸送力を促進する会」と記されていましたが、どういうことなのでしょう??? そしてとんぼ返りで木更津行きの列車に乗り、11:44に到着。これから昼食を食べて浜金谷へ移動し、「恋人の聖地」と鋸山を見物する予定です。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2013-10-26 06:22 | 関東 | Comments(0)
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