房総編(10):佐倉(12.7)

 朝目覚めてカーテンを開けると、空はどんよりとした曇天。雨の心配はなさそうなので諒としましょう。まずは佐倉へと向かいます。木更津駅から内房線に乗ること約40分で千葉駅着、総武本線に乗り換えて20分ほどで佐倉駅に着きました。駅に附属した観光案内所で「歴博への道」という観光パンフレットをいただきましたが、これがなかなかの優れもの。かなり正確なイラスト地図と玄人好みの物件が記載されており、重宝しました。そして自転車を借り、いざ出発。その前にスーパーニッポニカ(小学館)から引用して、佐倉について紹介いたしましょう。
 千葉県北部、下総台地北部と印旛沼の低地に広がる市。鎌倉時代、千葉氏の一族臼井氏が印旛沼を見下ろす高台に城を構えて一帯を支配したが、その衰退後は馬加(まくわり)氏が現在の酒々井(しすい)町本佐倉の将門山に居城した。江戸時代には幕府の江戸防衛の拠点とされ、1610年(慶長15)土井利勝によって佐倉城が築かれた。その後多くの大名の転封が続いたが、1746年(延享3)の堀田正亮入封後は幕末まで堀田氏11万石の房総最大の城下町として、また佐倉街道の宿場町としても栄えた。幕末には蘭学者佐藤泰然が順天堂と称する塾を開いて西洋医学による教育と医療を行い全国に知られた。明治以後は城跡に陸軍の兵営が置かれ、明治末には歩兵57連隊となったが、1983年(昭和58)その地に明治百年記念事業の一環として、歴史・考古・民俗資料を展示し、調査研究を進める国立歴史民俗博物館が開館した。
 自転車にまたがって駅前の彫刻通りを疾走すると…キーッ。なまめかしくフィットしたミニのワンピースの裾をおさえる少女の像がありました。作品名は「風のいたずら」、おじさんは嬉しいぞ。
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 佐倉の城下町は台地上にあるので、緑におおわれた風情のある薬師坂をのぼっていきます。途中で息が切れ、自転車を押して登攀。のぼりきったところを左に曲がると、そこが武家屋敷通りです。関東では最大級の武家屋敷群で、佐倉に残る武家屋敷のうち五棟がここにあります。緑なす生垣も美しく、たいへん気持のよい通りでした。
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 そのうち三棟(旧河原家・旧但馬家・旧武居家)が公開されているので、内部を見学。
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 旧河原家と旧但馬家の間にあるのが暗闇坂、なるほど坂の両側に樹木が鬱蒼と生い茂り、昼なお暗い雰囲気です。武家屋敷の反対側には、「児玉源太郎旧居跡」という表示がありました。ここにはかつて佐倉連隊長の借家があり、日露戦争遂行の立役者、児玉源太郎が1880~85(明治13~18)年に住んでいたそうです。その先には、西村茂樹の書斎、修静居跡の碑がありました。明治時代に活躍した官僚・思想家で、明六社の創立に関わり、明治天皇の侍講を務めた方ですね。ひよどり坂は、竹林に囲まれた古色あふれる小路で往時の面影を色濃く残します。
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 本日の三枚、二枚目が暗闇坂、三枚目がひよどり坂です。
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by sabasaba13 | 2013-10-30 06:23 | 関東 | Comments(0)
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