靖国神社編(1):(05.5)

 ロベスピエールを称える人も、憎む人も後生だからお願いだ。ロベスピエールとは何者であったのか、それだけを言ってくれたまえ。
                                                 ~マルク・ブロック 『歴史のための弁明』より~

 というわけで、靖国神社参拝問題を考える前に、ひとつ神社そのものを虚心坦懐じっくり見てやろうと、先日行ってまいりました。まず、靖国神社とはどういう神社なのか? 岩波日本史辞典から引用します。「明治期の創建神社で、天皇の忠臣を祀る旧別格官幣社の一つ。東京都千代田区に鎮座。幕末維新期の官軍側の<国事殉難者>を祀るため、1869年6月東京招魂社が創建され、79年6月靖国神社と改称。陸海軍省の所管に属し、日清戦争以後は対外戦争の戦死者を合祀し、日本軍国主義の精神的基礎を形づくる施設の一つとなった。第2次大戦後、神道指令で国家と分離され、単立の宗教法人となる。しかし日本遺族会や自民党の一部はその国家護持をめざし、靖国神社国営化法案は1969年から連続5回国会に上程されたが、74年廃案となった。」
 地下鉄九段下駅で降りて、九段坂を少しのぼると1974(昭和49)年に再建された高さ25mの大鳥居が見えてきます。両側に並木と灯篭が続く広い参道の正面には、高い台座の上に立つ大村益次郎の銅像が見えます。長州藩の軍事指導者で、上野にたてこもった彰義隊(旧幕府の武士)を壊滅させた人物です。その際、新政府側の戦死者を弔う地として、ここを選んだのが彼だそうです。灯篭には「明治十一年 華族」というシンプルな銘がありました。西南戦争の翌年だし、この灯篭群の寄進には何か事情がありそうですね。
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 右手の木立の中には「常陸丸殉難記念碑」と「西伯利亜(シベリア)出兵田中支隊忠魂碑」があります。前者は、日露戦争の際に撃沈された輸送船のことですね。当時、詩歌にも歌われ人口に膾炙したそうです。銅像を通り過ぎて、車道を渡り第二鳥居をくぐると直径1.5mの巨大な菊の紋章がある神門があります。記念写真屋さんが、両脇で待機しておりました。ここをくぐると左手には参拝記念樹の売店があります。
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 そして小さな鳥居を抜けると、拝殿・本殿・霊璽簿奉安殿が縦に並んでいます。この鳥居の右脇に「皇族下乗」という印象的な立て札があります。また左脇には、「今月の遺書」という感じで、沖縄戦で戦死した陸軍中佐の遺書と明治天皇作の「國のため いのちをすてし もののふの 魂や鏡に いまうつるらむ」という歌が大きく掲示されていました。拝殿は1901(明治34)年につくられたもので、唐破風+千鳥破風を組み合わせた霊廟建築です。菊の紋章を四つそめこんだ垂れ幕がかかっており、ここでお参りをするのですね。神社の常として、ここから先は立ち入りできません。霊璽簿というのは、個々に祀られている人の名前を記した和紙を綴じてあるものだそうです。
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by sabasaba13 | 2005-06-24 06:20 | 東京 | Comments(0)
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