京都錦秋編(9):同志社大学(12.12)

 なんて深く、強く、そして優しい詩なのでしょう。その詩人の魂に共鳴した茨木氏のオマージュも素晴らしいですね。彼を殺害し、その真相を究明せず、忘れ去ろうとしている日本という国のあり方にも鋭い批判を投じています。日本人の「人間の質」が問われている問題です。ただ救いとなるのは、この随筆が筑摩書房の「精選 現代文B」という高校の教科書に掲載されているということです。高校生たちがこの一文を読んでどのような感想を抱くのか、日韓・日朝関係の将来はそこにかかっていると思います。
 余談ですが、先日読み終えた厠上本、『ニコライの日記』(岩波文庫)の中に次のような一文がありました。
 実は日本人のほうが米国人(ヤンキー)よりも頭がよくまわり、ヤンキーよりも抜け目がないことがわかった。かれらはみごとにヤンキーをだました。京都の同志社の事件だ。
 アメリカの敬虔な組合教会(コングレゲーショナリスト)の信徒と民間人(金持ち)、そしてかれらの宣教団体は、おしむことなく何百万という金を出して、日本に広大な土地を買い、そこにキリスト教の大学、看護婦(nurses)養成所、病院など、立派なキリスト教の諸施設を造ることにした。学生と教師たちの集団のあらゆる要求を満たす、贅沢なアメリカン・スタイルの建物が次々と建てられていった。教授たちの住居用だけでも、九棟も建てられた。
 管理と教育にあたるのは、新島〔襄〕以外は、全員がアメリカ人の宣教師だった〔新島はこのペテン事件全体の首謀者なのだが〕。ところが、新しく教育を受けた日本人たちが徐々に加わるようになった。そしてついに、日本人が、いろいろと都合のいい口実を設けて、管理担当部門からアメリカ人を一人残らず追い出してしまったのだ。"Trustees of the Doshisha"〔[同志社]評議会〕は全員日本人になり、そのpresident〔社長〕も日本人のKozaki〔小崎弘道のこと〕になった(新島は三年ほど前に死んだ)。アメリカ人たちは教授ということになった。日本人は全権力を手に入れてしまった上で、仮面をぬいだ。
 しかし、かれらはちょっと早まったのではないか。アメリカの支援がなくなったら、日本人の同志社はやってゆけるだろうか。(中p.179~80 1896.7.26)
 へえー、同志社大学の裏面史にはこんな事があったんだ。新島たちの言い分もあるでしょうが、興味深いですね。なお次の厠上本、『三十三年の夢』(岩波文庫)には、宮崎滔天がキリスト教に入信し、小崎弘道に師事したという記述がありました。(p.54) 旅と本で、歴史のネットワークがどんどん広がっていくのを楽しみにしています。
by sabasaba13 | 2014-05-11 06:30 | 京都 | Comments(0)
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