越後編(2):佐渡へ(13.3)

 7:55に新潟港から出航するジェットフォイルに乗船するため、午前七時すこし前にホテルをチェックアウトしました。街灯には「客引きを許さないまち 新潟県・新潟県警察」というステッカー、うーむよほど客引きの横行に苦悩しているのでしょう。駅前からバスに乗って佐渡汽船ターミナルに行き、乗船券を購入して乗船。
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 そして定刻通り、7:55に出航。曇天の下、鉛のように重たくひろがる日本海をジェットフォイルは疾走、午前九時には両津港に接岸しました。
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 佐渡の山なみにも雪が降りつもっています。ターミナル内にある観光案内所でパンフレットをいただき、椅子に座って一人作戦会議。タクシーを一日借りきって、佐渡を一周するという強行軍をするつもりです。両津を出発して、時計と反対回りに次の物件・景勝地・史跡をまわってもらいましょう。弾埼(はじきざき)灯台、大野亀、車田、平根崎、夕鶴の碑、尖閣湾、相川金山、佐州館(宮本常一の宿 太宰治も宿泊)、時鐘楼、春日崎と大石灯籠、森医院主屋、宿根木、矢島・経島、小木と小木民俗博物館、喜八屋旅館旧館、大石、赤泊、姫埼灯台、北一輝の墓と生家、両津カトリック教会。そして忘れてはいけないのが、ここ佐渡は、わが畏敬する宮本常一が1959~60年にフィールドワークを行ない、対馬に続いて大きな足跡を残したということです。『旅する巨人 宮本常一と渋沢敬三』(佐野眞一 文春文庫)によると、彼はこの佐度調査をきっかけにして、地域振興を含めた"済民家"の一面を強く発揮することになりました(p.395)。この話はまたあらためて触れましょう。
 乗り場で客待ちをしていたタクシーに乗り込み、運転手さんに行程を説明、一日貸し切り料金を確認するとなんと36,000円。うむむむむむ、かなり高いがいたしかたありません。手を打ちましょう。時刻は午前九時半過ぎ、それでは佐渡一周の旅に出発しましょう。おっとその前に、佐渡という島の地形について、わが敬愛する宮本常一氏の『私の日本地図⑦ 佐渡』(未来社)から引用します。
 佐渡はHという字をすこし押しつぶしたような感じのする島で、島の両側を南北に山脈がはしり、中央が平野になっている。そして西側の山地を大佐渡、東側の山地を小佐渡とよび、中央の平地を国中といっている。金北山は大佐渡の主峰で、シベリアから吹きわたってきた風が、雪をふくんでこの山にはげしくぶつかるとき、山は真白になる。山が白くなると人びとは冬のきたことを知るのである。
 雪のくるのも早いが、とけるのも早かった。島のまわりを南から北へ流れている対馬海流は暖流で、島は北海にありながら、西北の風の吹かぬ日は九州西辺の島々におとらぬほどあたたかいのである。つまり、冬は暗い日がつづくけれども、雪をもたらす風が止むと急に春めいてくるのが佐渡である。(p.5~6)
 なるほど、さきほど見えた雪を頂いた山々が大佐渡、そして金北山だったのですね。さらに佐渡の歴史や風土について、『北一輝』(渡辺京二 ちくま学芸文庫)から引用します。
 …佐渡は、はやく古代において、みちのくの貢租を京にもたらす幹線航路の経由するところであったばかりでなく、幕藩時代には、いわゆる西廻り回船の寄港地として海上交通の要衝だったのである。近世後期の佐渡は、わずか幅三十キロの海峡をへだてる越後よりも、むしろ瀬戸内との関係が深い。私はこの事実を田中圭一編の『佐渡海運史』で知って、瞠目した。同書によると、佐渡の小木港に塩飽諸島を基地とする讃岐船がひんぱんに寄港したのは、寛政より化政期にかけてであって、佐渡の金毘羅信仰はこの讃岐船によって将来されたものという。佐度と讃岐間には人や財貨の流れがあったばかりではない。同書の示唆するところでは、佐渡弁の関西風な抑揚は瀬戸内からの影響であるらしい。つまりここには現代人には見えなくなった海上の道というものがあって、「瀬戸内と佐渡は意外にちかい」(同書)のである。
 海上の幹線道路に位置する佐渡は、他国びとの寄りつどうところでもあった。順徳天皇、僧日蓮、歌人京極為兼などふるい流されびとのことは措くとして、近世の佐渡の港には、毎年立ち寄る諸国の船があり、あるいは風待ちして冬を越すこともあった。彼らは土地の女を仮りの妻とし、子をなし、さらにその地で死んで寺の過去帳に名を残した。つまり、これはにぎやかな島であった。こういう島がたんなるわびしい辺境であるはずはない。しかもこの島は、うちにひろい平野も奥深い山険も、さらには湖さえも抱いた大島であり、その自然は複雑な陰影にみちている。島人の気質が古拙撲直な味わいから遠く、かえって複雑かつデリケートなものを感じさせたとしても、それは不自然ではない。(p.14)

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-05-31 08:08 | 中部 | Comments(0)
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