越後編(16):鍋茶屋(13.3)

 それでは自転車にまたがり徘徊をはじめましょう。「写真指名が出来るサロン」という看板に旅情をかきたてられながらペダルをふんでいると、三業会館がありました。現在はこちらが検番を行なっているとのことです。
c0051620_634584.jpg

 趣のある路地や、洒落た意匠の料亭・茶屋を愛でながら彷徨っていると、ひときわ目立つ木造三階建ての料亭が「鍋茶屋」がありました。創業は1846(弘化3)年、「新潟に鍋茶屋あり」と言われた名料亭です。
c0051620_635217.jpg

 さてそろそろ体感温度が低くなり指先もかじかんできました。小腹もへったし、ここは一時避難、昼食に新潟B級グルメのイタリアンを食べに行きましょう。途中の交差点で見かけた看板が「大工道具建築金物 中静商店」、七つ道具をかついだ弁慶を描いたキッチュな物件です。新潟の歩行者用信号は横長なのですね。萬代橋のたもとには、高浜虚子の「千二百七十歩なり露の橋」という句碑がありました。なお近くの料亭には吉井勇の歌碑があるそうなので行ってみましたが、ちょっと入れるような雰囲気ではなく見学は断念。ふたたび萬代橋を渡り、バスセンタービル二階へ。ファーストフード店「みかづき」で噂のイタリアンをいただきました。ま、簡単に言えば、ソース焼きそばにいろいろな具が入ったトマトソースをかけたしろもの。空腹は最上のソース、美味しくいただきました。
c0051620_6354360.jpg

 近くにあった全国チェーンの珈琲店でコーヒーをいただいて体を温めながら、「まち遺産マップ 異人池・ドッペリ坂界隈」を参考にこれからの行程を確認。まずはオギノ公園をめざしましょう。自転車にまたがり寒風を切って萬代橋をまた渡り、しばらく走っていると荻野久作の銅像があるオギノ公園がありました。そう、あのオギノ式避妊法を発見された医師ですね。彼の功績を称えるために、その居宅跡につくられた公園です。説明板から引用しましょう。
 荻野久作 産婦人科医。明治15(1882)年3月、愛知県に生まれる。42年、東京帝国大学医科大学を卒業し、45年に新潟市竹山病院の産婦人科医長に迎えられた。
 大正13(1924)年、女性の月経の周期と受胎日の関係を明らかにした論文を発表し、画期的な受胎調節法として世界に認められた。また、子宮ガンの手術方式を改良し、現在の子宮ガン手術の基礎を築いた。
 敬意を表して、銅像と公園を撮影。
c0051620_636777.jpg


 本日の二枚です。
c0051620_6362525.jpg

c0051620_6365344.jpg

by sabasaba13 | 2014-06-17 06:38 | 中部 | Comments(0)
<< 越後編(17):地獄極楽小路(... 言葉の花綵105 >>