越後編(17):地獄極楽小路(13.3)

 その近くにあるのが本間歯科医院、瓦屋根をいただいた荒壁仕立ての古い洋館でした。寺嶋旗幕染工場は1872(明治5)年創業、新潟県屈指の染物店。その恰幅のよい木造建築が老舗の心意気を感じさせてくれます。イタリア軒の脇にたつのが蕗谷虹児の「花嫁人形の碑」。
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 解説板を転記します。
 多才な画家・詩人として知られる蕗谷虹児(1898‐1979)は、少年期このイタリア小路近くに赤貧の中ですごしました。15歳で虹児を生み、29歳の若さで逝った薄幸の母の面影を、西堀を行き交う舞妓の姿に求めて、しばしばイタリア軒前にたたずんでいた虹児の想いがこの詩を生み、杉田長谷夫の旋律にともなわれて、哀愁に満ちた不朽の名曲として今に歌われています。
 その先にあるのが地獄極楽小路、凄まじいネーミングですが、左には高級料亭「行形亭(いきなりや)」、右には新潟刑務所があったことからつけられたそうです。刑務所は移転され、アーチ門が縮小されて復元されていました。
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 行形亭は道路に面した蔵の一部しか見えませんが、鏝絵がほどこされた立派なもの。いつの日にかここで酒池肉林の酒宴を…なんて夢のまた夢ですね。
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 その前の通りが白壁通、白漆喰の壁、なまこ壁、和風建築が連なる風情ある通りです。そして旧齋藤家別邸に到着、豪商齋藤家の四代齋藤喜十郎(庫吉1864~1941)が、1918(大正7)年に別荘として造ったものです。砂丘地形を利用した回遊式の庭園と、近代和風建築の秀作といわれる開放的な建物は、大正時代における港町・商都新潟の繁栄ぶりを物語る文化遺産だそうです。これは楽しみだ、それでは中に入ってみることにしましょう。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-06-18 07:22 | 中部 | Comments(0)
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