越後編(26):村上(13.3)

 朝目覚めてテレビの天気予報を見ると、曇り時々晴れ、雨の心配はなさそうです。本日はまず村上を訪れますが、その途中で坂町駅にある転車台を見学する予定です。チェックアウトをし、今夜の宿泊地・長岡への移動の便を考えて、新潟駅のコインロッカーに荷物を預けました。そして7:35発の村上行き普通列車(白新線-羽越本線)に乗り込み8:46に坂町駅で下車。これからの行程を考えると、9:06に坂町駅を発車する特急「いなほ」に是が非でも乗りたいところ。猶予された時間は約二十分、いざ勝負です。ホームからすこし離れたところにある給水塔と転車台を視認できたので、改札から出てその方向に急ぎ足で歩き跨線橋を渡ると、草にうずもれかかっている転車台をすこし近くで見ることができましたが、接近は不可能なのでズームで撮影。なお扇型車庫があったことが敷地から視認できましたが、跡形もなく取り壊されていました。急いて駅へと戻り、特急列車にかろうじて乗り込むことができました。やれやれ、間に合った。何の因果でこんな苦労を背負いこむのか、そう、そこに転車台があるからです。
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 特急「いなほ」は9:14に村上駅に到着。駅でレンタサイクルを借りて、古い町屋めぐりの開始です。駅の近くで、ユニークな意匠の透かしブロックを四つも発見、これはかなりの密度ですね。
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 観音寺には、日本最後のミイラとして知られる仏海上人の即身仏が安置されています。上人はこの寺の住職として布教に尽力し、1903(明治36)に76歳で入寂、遺言にしたがって1961(昭和35)年にその遺体が発掘されたそうです。お会いしてご尊顔を仰ごうかと思いましたが…やめました。怖かったんじゃないやい、時間がなかっただけだい。
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 鍛冶町・小国町とペダルを踏んでいると、鮭をデザインしたマンホールの蓋を発見。ちなみに「鮭・酒・人情」というのが村上の観光スローガンです。町屋が櫛比する通りをのんびりと走っていると、大町のあたりで種田山頭火の句碑を見つけました。"水音がねむらせない おもひでが それから それへ" 1936(昭和11)年にここ村上で開かれた句会で提出した句だそうです。井筒屋は、1869(元禄2)年6月に、芭蕉と曽良が「奥の細道」行脚の途次で宿泊した「宿久左衛門」跡とのこと。
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 ある仕舞た屋の二階側面で、「電氣パン」という浮き彫りを発見。これはもしかすると「民衆理髪」以来の大発見かもしれない。
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 このあたりで路地に入ると安善小路、黒塀が続く情緒あふれる通りです。
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 村上大祭で曳き回される山車「おしゃぎり」を展示している「おしゃぎり会館」の前を走り抜け、村上駅に戻り自転車を返却。駅には「サケリン」というゆるキャラ顔はめ看板がありました。なお瀬波温泉には「恋人の聖地」があるそうですが、泣いて馬謖を切る、時間の関係で訪問は断念しました。わりーね、わりーね、マリーネ・ディートリッヒ。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2014-06-27 06:33 | 中部 | Comments(0)
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