越後編(38):石川雲蝶(13.3)

 さてそれでは石川雲蝶の作品に会うため、小出へと向かいましょう。タクシーの運転手さんに長岡駅まで連れていってもらい、丁重にお礼を言って料金を支払いました。駅弁「牛めし」を購入して、上越線越後湯沢行きの普通列車に乗り込み、さっそくたいらげました。車窓から風景を眺めていると、小糠雨は小雪となってきたようです。やがてあたり一面は雪景色、何層にもなってホームに積み重なる根雪、重機による除雪など、あらためて雪国なのだなあと実感。
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 35分ほどで小出駅に到着、ホームの便所にあった洒落た男女表示(鮎と片栗)を撮影して駅前に出ました。
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 実は、格安料金で二時間タクシーを貸し切れるという散変ご用達のサービス「駅から観タクン」を利用できるのは明日の四月一日からなのですね。これだと小出駅(または浦佐駅)から雲蝶作品のある西福寺開山堂と永林寺を二時間でまわって料金は6200円。たいへんお得なのですが、いたしかたない、韓信の股くぐり、普通料金で二時間タクシーを貸し切ることにしました。客待ちしていた運転手さんに貸し切り料金を訊ねると、一時間6300円! 目の玉が2mmほど飛び出ましたが、やむをえない、泣いて馬謖を斬る、お願いすることにしましょう。
 まずは石川雲蝶について、新潟県魚沼市作成のパンフレットにより紹介しましょう。
 1814(文化11)年、江戸の雑司が谷(現東京都豊島区)で生まれた石川雲蝶。本名は、石川安兵衛といった。江戸彫りの一流派・石川流の本流門人であり、20代ですでに彫物師として名を馳せていたという。
越後入りしたのは30代の前半。越後三条の金物商で、法華宗総本山・本成寺の世話役だった内山又蔵との出会いに端を発する。ちなみに「良い酒とノミを終生与える」ということが、越後へ来ることを決めた条件らしい。
 越後三条を拠点に、近隣で創作活動を開始した雲蝶は、後に内山氏の世話で三条の酒井家へ婿入り。名実ともに「越後の人」となった。無類の酒好きで、女性も大好き。さらに、賭場へ通うほどのばくち好き。だが、ノミを握れば神業的な作品を手掛けた雲蝶。越後へ来る際の条件にはじまり、賭けに負け仕事を引き受けたりするなど、酒や女性、賭け事に関する破天荒な逸話をいくつも残している。しかし、明治の中頃に三条の住まいをはじめ菩提寺の本成寺が火災に見舞われ、彼の素顔を記す資料も焼失。謎に包まれた雲蝶だが、またそれも彼の作品を鑑賞する上で、想像力をかきたてる要素となっている。
 というわけで「越後のミケランジェロ」、石川雲蝶との出会い、たいへん楽しみです。
by sabasaba13 | 2014-07-13 08:35 | 中部 | Comments(0)
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