越後編(40):永林寺(13.3)

 さて次なるは永林寺、タクシーで二十分ほどかかりました。このお寺さんと雲蝶の関わり合いが面白いので、同寺ホームページより抜粋して紹介します。
 伽藍復興に奔走していた時の永林寺住職、円応弁成(えんのうべんしょう)大和尚が、大工棟梁関与兵衛に請願され三条に鑿をはじめ金物類一式を購入に出かけ、そこの賭場で雲蝶と出会ったのが、1852(嘉永5)年と伝えられます。弁成和尚と雲蝶は共に気が短く、爪をかみ、酒を愛し百年の知己の如く語り合ったとされ、二人で大賭博をしたとの逸話があり、その内容は、本成寺の完成後、雲蝶が勝ったら金銭の支払を成し、弁成和尚が勝ったら永林寺本堂一杯の力作を手間暇惜しまず製作するというものだったそうです。結果は弁成和尚の勝ちで、雲蝶が約束通り永林寺へ来て13年間滞在し、欄間をはじめとする彫工・絵画を数多く残しました。おしまい。
 それでは拝観料を払って本堂へと入りましょう。こちらは本堂内部の欄間に、「雲水龍」「迦陵頻伽」「天女」「桐に鳳凰」「孔雀」「小夜之中山蛇身鳥物語」といった見事な彫物がほどこされています。中でも圧巻は「天女」、その妖艶さにはうっとりとしてしまいますが、驚くべきはその超絶技巧。裏側にまわると、何と天女の背中を見ることができます。これは「両面透かし彫り」という高度な技術とのことです。なお残念ながら、こちらのお寺さんは直截に「撮影禁止」と宣言されていました。とはいえ蛇の道は蛇、拝観客は私一人、(中略) 帰り際に厠を拝借すると、貼り紙のオンパレード。「近く寄り心しずかに手を添えて そとへ散らすな白玉の露」「朝顔の外にもらすな竿の露 もとは貴方の出したものなり」「小水を西や東にふりまくな 南る人が北ながるぞえ」「一歩前進 貴方の竿はそれほど長くないのです」 ここまで言われるといやが上にも慎重にならざるをえません。心しずかに粗品に手を添えて放尿。
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 そして待っていていただいたタクシーに乗り込み、小出駅へと向かってもらいました。列車が来るまで二十分ほどあるので、駅前にあった軽食&喫茶「ドンショップ」に入店。そこはかとなく凄みのある女将が珈琲をいれてくれました。しばし四方山話をしたのですが、その新鮮なセロリのように歯切れのいい語り口には惚れ惚れ。雲蝶の作品を見てきたと言うと、曰く、西福寺開山堂と永林寺の作風の違いは明らか、あたしは穏やかな永林寺の方が好き。タクシー二時間貸切で12600円だったと言うと、曰く、新潟のタクシーは高く、雪道料金も取られる、交渉してまけてもらったほうがいいわよ。明日はサフラン酒造の鏝絵蔵を見にいくと言うと、曰く、産後の肥立ちが悪く、あたしもサフラン酒を飲んだ。愉しいひと時を過ごせました、多謝。珈琲代を支払って小出駅へ行き、そうそう忘れてはいけない、こちらに転車台があるという情報を入手していたのでその見学はできないものかと駅員さんに訊ねました。曰く、関係者以外立入禁止の場所にある不可能とのお返事。残念でした。
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 15:02発の長岡行きの列車に乗り込み、長岡駅に到着したのは15:36、公衆電話で寶正寺さんに明日の午前九時に木喰仏の拝観をお願いしたところ、no problemとのお返事をいただきました。やれやれ。さあそれでは急いで長岡戦災資料館、河井継之助記念館、山本五十六記念館を見学いたしましょう。
by sabasaba13 | 2014-07-15 06:42 | 中部 | Comments(0)
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