越後編(45):柏崎(13.3)

 志を添えてお寺の方に丁重にお礼を言い、それでは柏崎へと向かいましょう。「関町三叉路」からバスに乗ると、珍しい意匠の透かしブロックが前方に見えてきたのですばやく撮影。そして長岡駅に到着、信越本線直江津行きの普通列車に乗りこみました。ぼーっと車窓を流れる風景を見ていると…あっ長岡駅の転車台だ。シャッターチャンスは逃しましたが、あとでこの路線に乗る予定です。その時に満を持して撮影しましょう。四十分ほどで柏崎駅に到着。
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 駅構内にあった観光案内所で資料をいただき、とるものもとりあえず昼ごはんを食べましょう。事前の調査によると、ご当地B級グルメがどうかはわかりませんが、「そばよし」の焼きそばが滅法うまいとのこと。さっそく駅近くにあるお店に入って、注文しました。豪快に盛られた麺、キャベツ・モヤシ・人参・玉ねぎ・木耳・ニラ・豚肉と具沢山、そしてどこか懐かしいソース味。これは食べ応えのある一品でした。
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 柏崎駅へ向かうと歩道に鯨の形をした植栽容器、むかし捕鯨が行なわれていたということでしょうか。駅前からは冠雪の峰が遠望できましたが、黒姫山なのかな。
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 さてこれから柏崎刈羽核(原子力)発電所、そして出雲崎をまわりたいのですが、丹念に調べてもバスを使っての移動は不可能でした。断腸の思いでタクシーを利用することに決意、駅前で客待ちをしていた車に乗り込みました。まずは先程いただいた観光パンフレットに記されていた生田万のお墓へ寄ってもらいました。駅から数分走ると、車道のすぐ脇に墓石が並んでいます。解説板によると、1837(天保8)年6月1日、天保の飢饉による窮身の救済を求めて柏崎陣屋に討ち入り、敗れて自刃とありました。受験知識として覚えた日本史では、大塩平八郎の乱に影響を受けたと記憶しております。付近にある墓石群は、1868(明治元)年10月20日、戊辰戦争の鯨波や長岡の戦いで戦死した官軍の各兵士58名の招魂所として建設された墓地とのこと。
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 それでは柏崎刈羽核(原子力)発電所へと向かってもらいましょう。車に揺られて十数分で、案内や展示のあるサービスホールに到着です。入口では、ゆるキャラの「エコロジーから生まれたエコロン」が出迎えてくれました。あのお…東京電力経営陣の方々にひとつ質問があるのですが、原発とエコロジーってどういう関係があるのですか? ここに掲げられていた「企業倫理遵守に関する行動基準」がまた噴飯ものの傑作なので転記しておきましょう。
ルールの遵守
誠実な行動
オープンなコミュニケーション
 ぷっ、ほんとにご飯を噴き出してしまいそう。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-07-20 07:54 | 中部 | Comments(0)
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