越後編(51):良寛と夕日の丘公園(13.3)

 観光案内所でいただいたパンフレットから、良寛さんの心温まる逸話をいくつか紹介しましょう。詩歌や俳諧を好んだ文人でもある長岡藩主・牧野忠精は、良寛の人柄を慕い、夏のころ領内巡視の折り、国上山を訪ね長岡城下へ移り住むことを依頼したが、良寛はおもむろに筆をとり「たくほどは 風が持てくる 落葉かな」と書いたと伝えられます。忠精はそれを見て、これ以上何も云えず、いたわりの言葉をかけたと云います。あくせくしなくても、暮らしていくには自然の恵みだけで十分ということでしょう。
 ある夜、良寛の住む草庵に盗人が侵入しましたが、彼が寝ている布団以外に盗むものは何もありませんでした。良寛はわざと寝返りをうって布団を持っていかせ、何もなくなった部屋から天井を見上げて「盗人に とり残されし 窓の月」と口ずさんだといいます。
 「天上大風」という門外不出の書があります。托鉢している良寛のところへ子どもが紙と筆を持ってやってきて、良寛に字を書いてくれとせがんだといいます。どうするのかと訊ねると、凧にすると答えたので、「よしよし」と快くしたためたのがこの自由闊達な大文字だと言われています。
 良寛さんはよく知り合いの家に泊まりました。お経の話や道徳など説教をされるわけではないが、良寛とお話しをすると心の中が清々しい気分になり満ち足りてくるといわれ、お帰りになったあとも、その家の空気は和やかであったといいます。
 良寛は、時々休ませてもらう家で托鉢姿の自画像を描きました。その絵を見てお手伝いさんは「何だねこの絵は」と大笑いしました。片足に草履、もう一方には下駄をはいていたのです。良寛は「これは親孝行の絵だ。例えば、父は空を見て晴れるから草履で行けと言い、母はまだ雨が残っているから下駄で行けと言うので、両親の意見に従った絵だ」と説明したそうです。
 良寛の「忘れん坊」は有名で、行く先々で忘れものをして捜しまわったり追い掛けたり…。自分の身の回り品を一つ一つ丹念に書きとめた紙片が今でも残っています。手拭、鼻紙、銭、手毬、ハジキ、笠、杖、鉢、袋など17品目にも及びますが、そのメモ紙も忘れたと言います。
 うーん、いい話ばかりだなあ。そして彼がつくった漢詩の傑作も紹介されていました。
生涯懶立身 騰々任天眞
嚢中三升米 爐邊一束薪
誰問迷悟跡 何知名利塵
夜雨草庵裏 雙脚等間伸

 生まれてこの方、立身出世を望まず、自然に任せきって過ごしている。傍らには米三升と、炉端には一束の薪があれば充分だ。迷いや悟りはどうでもよい。ましてや、名誉や利益などは塵のようなものだ。雨の降る夜などは、両足を伸ばし静かに過ごしていることで満足だ。
 うーん、ほんとにいい詩だなあ。そしてあらためて、良寛さんの生き方に学ぶべき点が、われわれには多々あるということを痛感します。物欲や金銭欲や名誉欲をもたず、わずかな物で充足することを知る。自然や生き物、弱き者や貧しい者と共に生きる。身の回りの何気ないことや小さなことに喜びを見出す。さきほど見てきた原発を必要とする生き方とは対極にあるものですね。自然や生き物、弱き者や貧しい者を犠牲にしながら、利潤を得るために者を大量に生産し運搬し消費し廃棄する生き方。金を使い物を消費しないと楽しめない生き方。良寛と原発、これは地球の破滅を回避し、よき末来を築くための思考実験に恰好の素材と言えそうです。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-08-02 07:17 | 中部 | Comments(0)
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