越後編(55):摂田屋(13.3)

 諏訪本町でおりかえして戻り、良寛堂前でバスに乗り込み、長岡へと向かいます。一時間弱で長岡駅に到着、コインロッカーから荷物を取りだし、上越線越後湯沢行きの普通列車に乗り込みました。ドアのガラス前に陣取り、カメラを構えて撮影の準備。たしかこのあ、カシャ。やった、かろうじてさきほど視認した転車台をカメラにおさめることができました。そして次の宮内駅で下車し、今回の旅の最終目的地である摂田屋に到着です。
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 ここはどんな町か? 「新潟文化物語」というホームページから引用します。
 摂田屋は、古くから信濃川の舟運の港として、また三国街道と北陸街道の合流地点として栄えました。この町に醸造メーカーが集まった理由として、冬の寒さにより空気が清浄で、信濃川の豊かな水と米がある、という風土としての要因と、徳川家の天領地で地代が安く、広い土地が必要な醸造蔵にとって魅力だったことが挙げられます。摂田屋の地名は、この地にあった、山伏や僧侶の休憩所だった「接待屋」に由来するといわれています。
 現在は、吉乃川株式会社(清酒)、越のむらさき(醤油)、星野本店(醤油・味噌)、長谷川酒造(清酒)、機那(きな)サフラン酒本舗(サフラン酒)、星六の6軒の蔵元があり、中でも機那サフラン酒本舗の蔵の鏝絵は、国の登録有形文化財に指定されており、動物や霊獣、植物が美しく描かれています。旧三国街道を歩けば、稲荷神社や歴史ある蔵の建物を目にすることができます。
 お目当てはサフラン酒造の鏝絵蔵ですが、蔵の立ち並ぶ風情ある町並みにも期待しています。サフラン酒造に向かって歩いていくと、歩道に木製の雁木がかけられていました。あらためてここは雪国なのだと実感。
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 出雲崎のような妻入りの民家もけっこうあり、冠雪の山なみも遠くに眺められ、なかなかいい風情です。
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 綿五ふとん店には、「綿五ふとん店ですが現在日赤病院にて入院病気りょうよう中の為不在です。」という貼り紙がありました。ご自愛を。
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 忌中であることを示す縦長の看板や、「大島式 籾摺機 脱穀機」と記されたしぶいホーロー看板を撮影してすこし歩くと、左手に蔦のからまる倉庫が見えてきました。清酒「吉乃川」の常倉で、建てられたのは大正期、コンクリート造り初期のものだそうです。なお吉乃川株式会社は、1548年に上杉謙信が春日山城入城の年に創業されたという新潟県内最長老の企業。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2014-08-06 06:56 | 中部 | Comments(0)
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