『限界にっぽん』

 『限界にっぽん 悲鳴をあげる雇用と経済』(朝日新聞経済部 岩波書店)読了。「ブラック企業」という存在はもうかなり人口に膾炙するようになってきましたが、寡聞にして「追い出し部屋」については知りませんでした。日本では、経営難の企業が従業員を解雇することは過去の例で厳しく制限されています。そこで企業は、仕事を与えられない社員に自主退職を促し、株主や銀行に約束した「人減らし」計画の達成をめざそうとするのですね。こうした自主退職を促す仕掛けが、「追い出し部屋」です。過酷なノルマ、連日のダメ出しによって、精神的・肉体的に追い込み自ら辞めるように仕向ける仕掛けです。
 それではパナソニックの「追い出し部屋」を覗いてみましょう。名称は「事業・人材強化センター(BHC)」、東京・新宿の副都心にある超高層ビルの一室にあります。室内には、五人のパナソニック社員とテレビモニター、画面には成人向けアダルト映像がひっきりなしに流れます。仕事の内容は、一か月強で36,000本のコンテンツを一本一本確認し、映像に乱れがないかを確認する作業です。
 「『応援』の業務をいくつかやってきたが、アダルト映像を見続けたあの業務は、いくらなんでもつらすぎた」。キャリア開発チームの40代の男性社員はこう振り返る。一日12時間座ったまま映像を見続ける、「究極の単純作業」だった。(p.53)
 いや、作業ではないですね、これは拷問です。まるでドストエフスキーの『死の家の記録』の世界。ん? パナソニック? そう、今や名立たる大企業までが、こうした非人道的な手段で人減らしに奔走しているのですね。ちなみにこうした「追い出し部屋」を有する大企業は、本書によると、パナソニック、ソニー、NEC、ノエビア、セイコーインスツル、東芝、日立製作所、コナミ、大京、リコーなどです。(p.80)
 本書は、今現在の日本でまかりとおっている、安易な人減らしでもうけを維持し、雇用を放棄する企業経営の実態を鋭く取材したものです。もちろん、これは台風や地震や津波のような自然災害ではありません。人為的かつ意図的な行為の結果です。雇用をめぐる規制緩和の起点となったのが、1995年、当時の日経連が出した「新時代の『日本的経営』」という報告書でした。以下、引用します。
 雇用の形を、長期蓄積能力活用型(将来の幹部候補)、高度専門能力活用型(有期の専門職)、雇用柔軟型(パート的労働者)の三つに分け、金融商品を運用するように、基幹社員と有期社員、低賃金のパートや非正規社員を組み合わせる「雇用ポートフォリオ」の言葉が登場したのもこのころだった。翌年から、従来、秘書や通訳などの限定されていた派遣を認める業種を大幅に拡大する規制緩和が始まる。99年改正では、製造業などを除いて、派遣は原則自由化(派遣期間は最長一年)され、さらに04年には製造業でも解禁され、一気に非正規化が進んだ。
 民主党政権になると、日雇い派遣の原則禁止など、規制強化の動きが起きたが、自民党政権になるとまた振り子が戻ることになった。かつての「雇用ポートフォリオ」論をなぞるように、再び安倍政権で、少数の正社員と解雇しやすい限定正社員、使い捨ての非正規社員に働き手を分ける雇用政策が復活しようとしている。
 正社員の代わりに、派遣社員を好きなだけ使う。正社員は減っても、解雇しやすくし、残業代も払わなくてよくする-、そんな社会をめざしているのか。(p.225~6)
 そう、安倍伍長はそんな社会をめざしているようです。一将功成りて万骨枯る、大企業のCEOが儲けて労働者は朽ち果てる。雇用規制をさらに緩和して、低賃金で不安定な働き手を増やし、大企業が肥えふとる。格差の拡大や社会の亀裂を放置し、ナショナリズムの煽動によって弥縫する。やれやれ。本書が随所で指摘しているように、どうやら日本は限界に来たようです。
 それにもかかわらず、東京オリンピックにうつつを抜かし、錦織君の活躍に熱狂して「ブラック企業」ユニクロのシャツを買い、安倍伍長政権を支持している方がいたら、ぜひ読んでいただきたい本です。根本的な解決策については触れられていませんが、それはこうして紹介された材料をもとに、各自が考えるべきものでしょう。現代日本を考察し批判する上で欠かせない必読の書、お薦めです。

 なお実名報道に徹した朝日新聞経済部の勇気には敬意を表します。「おわりに」には、「ガバナンス(企業統治)の強化」を名目にして企業が情報管理を強め、本来は開示すべき情報すら表に出そうとしなくなっている現状についても触れられていました。だからこそジャーナリズムは、日々起きたことを追う表層的なニュースではなく、時間をかけて新たな事業を掘り起こす調査報道に尽力すべきだという決意、賛同し応援したいと思います。ジャーナリストの気骨が今、問われるべきです。がんばれ、朝日新聞。
 また取材に関して様々な形で圧力がかけられたが、記者たちは奮い立ち、ひるむことなく事実の発掘に取り組んだという秘話も紹介されていました。誰が、どのような圧力を加えてきたのか、ぜひ『限界にっぽん』第二部として発刊してほしいものです。政治家だったら二度と投票しないし、企業だったら不買運動を起こすし、官僚だったら当該の官庁に投書を送りつけたいですね。副題は…「悲鳴をあげるジャーナリズム」かな。
by sabasaba13 | 2014-09-11 06:33 | | Comments(0)
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