『大軍都・東京を歩く』

 『大軍都・東京を歩く』(黒田涼 朝日新書492)読了。エコカーなどというわけのわからない言葉が氾濫している昨今、皆様いかがお過ごしでしょうか。1~5人の人間を移動させるのに重さ1トン以上の機械を利用するのが何故「エコ」なのか、全く理解することができません。よって未だに運転免許をとらず、てくてくと歩きまわる日々を送っています。地元の東京でもときどき思い立って散歩をするのですが、環境を壊さず、お金もかからず、健康によく、ためになる、素晴らしい趣味だなと自画自賛。でも「すこしの事にも、先達はあらまほしきことなり」(『徒然草』第52段)、やはりガイドブックがあるとより散歩を楽しめます。
 本書は、戦前の東京の主役が軍隊であったという視点で、その軍隊関連の史跡を徒歩でめぐるためのガイドブックです。ほんの七十年前まで、表参道を軍隊が行進し、赤坂に巨大兵舎がそびえ、練馬からは特攻機が発進し、王子では毎日何十万発という弾丸が作られていた大軍都・東京。見出しを紹介すると、「数々の歴史の舞台となった皇居-千代田・丸の内など」「実戦部隊が集中する街-赤坂・青山・芝など」「平和な公園に悲しみの歴史-外苑前・代々木など」「武器製造の地だった文教地区-水道橋・護国寺など」「尾張徳川家の跡地は軍人学校-市ヶ谷・早稲田など」「一大軍事工場として開発された城北-板橋・赤羽」「陸軍と自衛隊、軍の今昔物語」「閑静な住宅街に残る跡-池尻大橋・駒場・三軒茶屋など」。一読、いかに多くの軍関連施設が東京にあったかがよくわかり、目から鱗が落ちました。小石川後楽園が壊されずにすんだのは庭好きな山県有朋のおかげ、中央線がS字を描くのは軍による横やりのため、といった面白いエピソードも満載です。また正確かつ大きな地図とモデル・コースが各章の冒頭に載せられているのにも見識を感じます。この手のガイドブックで一番重要なのは、何といっても地図ですから。
 そしてあらためて、江戸という美しい町を破壊した上に築かれたのが東京であったのだなあ、という思いに強くとらわれます。美しい緑と庭園を擁した大名屋敷のせめて十分の一でも保存されていたら、東京が世界遺産に認定されていたかもなあとつい夢想してしまいます。でも植民地化を防ぎ近代化を強行するためには、日本を「兵営国家(garrison state)」に作り替え、軍隊の論理をあらゆる制度に貫徹するしかなかったのかもしれません。M・サッチャー曰く"There is no alternative (TINA)"、いや独立を確保しある程度の近代化を達成した時点で方向を変えることもできたはず。この本を片手に東京を徘徊し、近代日本が選び得た違う選択肢に想いを馳せるのも一興。永井荷風の呟きを耳朶に響かせながら…
 江戸伝来の趣味性は九州の足軽風情が経営した俗悪蕪雑な『明治』と一致する事が出来ず。(『深川の唄』)

 本日の一枚は、陸軍戸山学校の将校集会施設を地下部分として利用した日本基督教団戸山教会です。
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by sabasaba13 | 2015-01-20 06:32 | | Comments(0)
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