川越編(5):丸木美術館(05.7)

 バスで東松山駅にもどり、東上線を北上して森林公園で下車。事前に仕入れた情報どおり、駅前に貸自転車屋がありました。さっそく借りて地図をもらい、めざすは原爆の図丸木美術館です。丸木位里・俊夫妻の共同制作による「原爆の図」を展示するためにつくられた美術館ですね。駅から自転車をこぐこと十数分、林の中川のほとりに美術館は静かに佇んでいました。そして入館。日本画家の位里さん、洋画家の俊さんは、夫婦で協力しながら20世紀の悲劇を描き続けました。その一部である「原爆の図」「南京大虐殺の図」「アウシュビッツの図」などの作品が展示されており、その迫力と凄惨さと怒りに圧倒されましたが、圧巻は「水俣の図」。解説にこうあります。
 「水俣は遠いアジア日本のことではない。ブルターニュが危ない。バスクが危ない」 水俣のことを教えてください、とフランスで言われました。帰国してすぐに水俣へ行きました。戸をあけた時、若い娘さんが発作を起こしていました。「早く、タオルを」と母親が叫んでいます。発作のためひざとひざがすれ合って皮がむけ、血が出る、というのです。その娘さんは目鼻だちよく、黒髪が苦しげに汗にぬれていました。弓のようにのけぞってあえぎながら新しい客を見ています。わたしたちは描くこともならず、失礼を心にわびながら立ちすくんでいました。
 白目をむき、涎をたらしながら大きく口を捻じ曲げあけて苦痛を訴える数十人の患者の顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔顔… 背筋に冷たいものが走りました。この事件を引き起こし、そして救済措置をしばらく取らず患者を放置したという一事だけで、「美しい日本の伝統」「日本人の美徳」などといった言辞はすべてふっとびます。衝撃的な絵でした。
 利益や権力のために民衆の命を蔑ろにする行為への怒り・抗議を生涯描き続けたご夫妻。ご存命でしたら、たぶん「劣化ウラン弾の図」を描いていたのでは、と想像してしまいます。二階には丸木夫妻の遺品が展示されていました。なお「沖縄戦の図」は沖縄にある佐喜眞美術館に永久貸与されています。以前このブログでも紹介しましたが、沖縄に行かれた際はぜひ寄ってみて下さい。
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●原爆の図丸木美術館 http://www.aya.or.jp/~marukimsn/
●佐喜眞美術館      http://sakima.art.museum/

 なお丸木美術館が、経営不振のため存続の危機にあるとのことです。こんな重要な美術館をつぶしては人類に対してに面目が立ちません。詳しくは上記ホームページをご覧ください。
by sabasaba13 | 2005-07-28 07:28 | 関東 | Comments(0)
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