さあ、いよいよベルトルト・ブレヒト作、千田是也訳、松下重人構成・演出、東京演劇アンサンブルによる『第三帝国の恐怖と貧困 (Furcht und Elend des Dritten Reiches)』のはじまりはじまり。劇が演じられるフロアとわれわれが座っている席は指呼の間、役者の息づかいや鼓動までびしびしと伝わってくるようです。まずはまとった白い布をひらめかせながら、役者たちがフロアを駆け巡ります。そして本来この戯曲にはないブレヒトの詩『あとから生まれるひとびとに』の朗読から劇は始まりました。
ほんとうに、ぼくの生きる時代は暗い!暗く恐ろしい時代に生きた、感受性を欠く人々の短い14の物語が紡がれていきます。ナチスによる政権獲得から(1933年)からヒトラーのウィーン入城(1936年)まで時系列に沿って、ドイツのいろいろな都市を舞台にストーリーは進んでいきますが、まずは前半の内容について公演パンフレットから紹介します。 1.「国民共同体」 1933年1月30日面白かったのは「法の発見」でした。ユダヤ人と突撃隊(SA)が関係した複雑な事件を審理する裁判官。彼は、ただ保身のためにはどういう判決を出せばいいのか四苦八苦します。良心や正義をかなぐり捨て、ナチスのためにひたすら迎合したドイツ司法界の様子がうかがわれます。さすがはブレヒト、ファシズムが民主主義を圧倒する際には、司法の協力が必要不可欠であることを見ぬいています。少数者の権利を擁護せず、"正義"を政府に丸投げして平然としている日本の司法の姿と二重写しに見えてきました。ちょっとストーリーの展開と台詞が冗長だったのが惜しまれます。 ここで二十分の休憩です。小用を済ませて外で紫煙をくゆらし500円の公演パンフレットを購入しました。劇団の方が手ずからドリップで入れてくれる、300円の珈琲も美味でした。そして後半のはじまりです。 6.「物理学者」 1935年、ゲッティンゲン。物理学研究所。後半はそれぞれの掌編が短くなり、引き締まったテンポのよい芝居が続きます。申し遅れましたが、劇の緊張感を高める、硬質で鋭いピアノもいいですね。深く心に残った芝居は、まず「ユダヤ生まれの妻」。ユダヤ人である医者の妻は、夫のためを思って彼と別れてオランダへと亡命しようとします。その妻を案じる素振りをしながら、実は安堵する夫。ユダヤ人の妻の複雑な思いを見事に演じた洪美玉氏の演技が素晴らしい。ナチスへの批判を、ヒトラーユーゲントに入っている息子に聞かれたのではないかと怯える夫婦を描いた「スパイ」、学校におけるファシズムの浸透を描いた「いましめ」も面白かったですね。軍需景気によって職につけた労働者がナチスを支持する「職業斡旋」も興味深い芝居でした。司法、学校、家庭、好景気、さまざまな場や局面で、ファシズムがじわりじわりと忍びよってくる恐ろしさ。同時代にその空気を肌で感じ胸に吸い込んだブレヒトならではの筆の冴えです。 そして役者すべてが登場して、口々に"私たちが駆り立てられていく戦争は、私たちのものではない。黙っていてはいけない。目を背けてはいけない"と朗読する場面で劇は終わります。 面白く、興味深く、そして恐ろしい芝居でした。強制的同質化、少数者への差別、司法の屈服、手段を選ばぬ好景気への期待、人びとの無気力・無関心・閉塞感。ある日突然に「今日からファシズムだあ」となったのではなく、真綿で首を絞めるように、少しずつ少しずつファシズムへと移行していき気がついたら手遅れだった、というドイツが教えてくれる教訓が痛いほど身に沁みました。ヨハン・ガルトゥング曰く"歴史から学ぶことのない人は、その歴史を再度生きることを運命づけられている"。歴史を学ぼうとする気はさらさらない安倍伍長のもと、日本が同じ道を歩んでいることに深い危惧を覚えました。公園パンフレットの冒頭に、ブレヒトの「ぼくに墓石は必要ないが」という詩が載せられています。 ぼくに墓石は必要ないが「提案したるは安倍伍長にして、採用したるは我らなり」ということにならないよう、黙っていてはいけない。目を背けてはいけない。 追記。ユダヤ人の妻を熱演した洪美玉氏が、パンフレットに「危機感」という一文を書かれていました。ぜひ紹介したいので、一部ですが引用します。 2012年、中国に残された朝鮮人『従軍慰安婦』の写真展が、ニコンから突然、中止の通告を受けた。写真家の安世鴻(アン・セホン)さんは異議申し立てをして、東京地裁は会場を使わせることをニコン側に命令した。あまり広くないニコンサロンに警備員が三人、入り口には金属探知機ゲートが設置され物々しい雰囲気だった。私は、在特会と呼ばれる人たちと至近距離で出会った。彼(女)らは何時間かおきに会場に乗り込んできて、ハルモニの背景に写っている小さなテレビを指さして「金持ってるんじゃねぇか」とか、写真の中の彼女たちをおとしめることをまくしたてていく。受付だった私は我慢できず「後ろのお客様もいますので、先に進んで下さい」と声を荒げた。すると「お前もどうせ在日だろう」「じゃあ、どうせ色んな男に股開いてんだろう」 怒りで体が震えた。「全部録音していますから」というスタッフの言葉がなかったら、殴りかかっていたかも知れない。その経験はショックであり、恐怖だった。(p.34~5)まだ気骨のある司法は存在していること、彼(女)らの発言の下劣さに唖然とすること、そしていよいよ日本も「第二帝国」になりつつあること、いろいろな思いが脳裏をよぎりました。
by sabasaba13
| 2015-04-18 06:39
| 演劇
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自己紹介
東京在住。旅行と本と音楽とテニスと古い学校と灯台と近代化遺産と棚田と鯖と猫と火の見櫓と巨木を愛す。俳号は邪想庵。
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