重森三玲の庭編(13):神戸(14.3)

 朝目覚めてベランダに出ると、海も神戸も六甲の山並みも、朝日を浴びて気持ちよさそうでした。どうやら今日は好天のようです。パイロット(水先案内)の船も、軽やかに海面を滑りお仕事に向かっていきます。
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 本日の旅程は、篠山(ささやま)にある如月庵庭園を拝見して篠山の町並みを見物、そして丹波市に移動して石像寺「四神相応の庭」を拝見して神戸に戻る予定です。申し遅れましたが、宿泊している神戸メリケンパークオリエンタルホテルの朝食料金は、われわれボンビー人にとって、花菱アチャコ風に言うと"むちゃくちゃでごじゃりまするがな"的な額でしたので、素泊まりにしております。よって♪朝飯食わずに♪送迎バスに乗り込み三宮駅でおろしてもらいました。JR三ノ宮駅に向かって歩いていると「焼きたてクレープNo.1チェーン 売上日本一!!」という看板があったので撮影。JR三ノ宮駅のホームで列車を待っていると、長い長い貨物列車が目の前を通過していきました。近ごろ見かけなくなった光景だけになんとも嬉しくなってきます。貨車による物流がもっと増えて、トラックによる輸送が減れば、交通事故も、騒音・振動公害も、大気汚染も劇的に少なくなると思うのですが。
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 蛇蠍の如くに自動車を嫌悪する私ですが、その思いを論理的かつ明瞭に指摘してくれる『自動車の社会的費用』(宇沢弘文 岩波新書)という素晴らしい本に最近出会えました。長文ですが、引用します。
 自動車の普及のプロセスをたどってみると、そのもっとも決定的な要因の一つとして、自動車通行にともなう社会的費用を必ずしも内部化しないで自動車の通行が許されてきたということがあげられる。すなわち自動車通行によって、さまざまな社会的資源を使ったり、第三者に迷惑を及ぼしたりしていながら、その所有者が十分にその費用の負担をしなくてもよかったということである。そのために、他の交通手段に比較して、自動車の場合、安い価格で当事者は快適なサーヴィスを得ることができたということが、自動車がこのように普及してきたもっとも大きな要因だったのである。
 このことは、鉄道と比較してみると明瞭であろう。鉄道の場合には、線路や駅をはじめとして車両が通行するところは、鉄道の専有地として、そのために必要な費用は原則として鉄道利用者が支払うことになっている。鉄道については、騒音・振動などによって沿線の住民に迷惑を及ぼすが、それ以外には第三者に与える被害は発生しないとみてよいであろう。ところが自動車の場合には事情はまったく異なる。ほとんどの道路について自動車通行者は無料で使用することができるが、そのために、歩行者、住民に大きな被害を与えている。重量税、ガソリン税、自動車損害賠償責任保険などによって一部自動車使用者が負担しているとしても、道路建設・維持にかかわる費用、公害、交通事故による死傷などの被害に対してごく一部にしかなっていない。(p.30~1)
 ま、要するに、「人様に迷惑をかけているんだからきっちり落とし前をつけろ」ということですね。でも「落とし前をつけさせると車が売れなくなり経済成長が鈍化してしまう、それでもいいのか」という恫喝が、政官財という黒い三角形から聞こえてきそうですね。人間らしい暮らしよりも経済成長が大事、さすれば富は下々の方まで流れてくるぞよ、というトリクルダウン理論ですか。でも池澤夏樹氏が『終わりと始まり』(朝日新聞出版)で言われているように、"下流で待っていても何も来ないという悲しい流し素麺"(p.81)じゃあないですか。この没義道で不公正な日本社会、このまま放置しておくと「一将功成りて万骨枯る」ということになりかねません(もうなっているか)。スマホをいじって閑をつぶし、中国・韓国の悪口を言って憂さを晴らしている場合ではないと思うのですが。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2015-07-19 06:20 | 近畿 | Comments(0)
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