重森三玲の庭編(19):福知山線脱線事故(14.3)

 なお2014年4月29日(火)に、NHK放映のBS1スペシャル「Brakeless~JR福知山線脱線事故9年~」という番組を見る機会がありました。「効率を重視し、スピードを追い求めすぎた私たちの社会が生んだ事故」という視点から、この事故に興味を持ったイギリスBBCと1年以上にわたり、被害者や関係者などを取材して製作した番組です。紙芝居のようにイラストを駆使しながら事故を再現する手法は斬新であり、その経過や車内の状況がほんとうによくわかりました。また烈しい衝撃のため脳に障害を負い、記憶・思考・会話そして日常生活に困難をきたす若い女性の姿には、もう言葉を失います。自分がなぜこのようになってしまったかを忘れてしまう彼女のために、母親が部屋中に事故の写真を貼っていたのには心が痛みました。
 先日、逝去された長田弘氏は、『なつかしい時間』(岩波新書)の中でこう語られていました。
 大きな電車事故のニュースのような、突然の悲惨な出来事が伝えるのは、実は、事故や事件によって当事者たちから失われる最大のものが「一日の平凡な時間という特別な時間である」という、不可逆的な事実です。(p.141~2)
 亡くなった方、後遺症やPTSDでいまなお苦しんでおられる方、彼ら/彼女らから"平凡で特別な時間"を奪ったのは誰なのか、何なのか。私の考えでは、"利益のためには人間の命や生活など一顧だにしない"という企業のシステムと、それを許容する行政・立法・司法、そしてそれを容認する諦観にも似た民衆の心性に原因があるのではないでしょうか。JR西日本を糾弾して、事終わりというわけにはいきません。思いっきり単純に言えば、「金と人、どちらが大事か」という問題ですね。思うに、戦前日本は"利益のためには人間の命や生活など一顧だにしない"というシステムがフルスロットルで稼働していた時代でした。中野敏男氏曰く、"独裁と戦争に寄生する「経済成長」志向"(『詩歌と戦争』 p.285~8)、河原宏氏曰く、"富める者がますます富み、貧しい者はますます貧しくなる趨勢を放置する国、粗暴な軍人と貪欲な資本家、汚職まみれの政治家と奸佞な官僚が「神」なる天皇を頂いて支配する国"(『日本人の「戦争」http://sabasaba13.exblog.jp/21050840/』 p.31)。アジアと日本の民衆を犠牲にして、富裕者を利する経済成長をひたすら追い求めた戦前の日本。敗戦によりそのシステムは崩壊、アジアの民衆を犠牲にしながらアメリカに寄生して経済を成長させるシステムへと変化しました。それにともない日本の民衆を犠牲にする度合いが減ったのは、次の理由が考えられます。まず労働組合や社会運動などといった民衆の力が強化されたこと、そして世界的な経済成長の波に乗ってその必要性が多少減じたこと。しかし1970年代以降、石油危機そして冷戦体制の終焉を機に、世界経済は大競争の時代に突入、日本経済はアジアの民衆に加えて再び民衆をも犠牲にし、アメリカへより深く寄生しながら経済成長をめざす路線へと変わっていきました。相も変わらず、自主的な思考と判断を放棄して、政官財の黒い三角形に政策を委ねる多くの民衆は、この政策転換を易々と黙認してしまったと思います。中野敏男氏曰く、"犠牲やリスクを不平等に配分する差別的な秩序"。露骨に言うなら「自分の利益のために誰かが犠牲になってもしょうがない」ということ。会社に早く着くために列車の運転手さんが追い詰められても、豊かな暮らしを支える電力のため福島の人々がリスクを負っても、何となく必要そうな安保条約のために沖縄の人々が危険にさらされても、しかたがない。Not In My Back Yard. (NIMBY) Q.E.D. でも政官財の皆々様方はもっと先のことまで考えておられることが、自民党の改憲案いや新憲法案を読めばわかります。内田樹氏の『街場の憂国論』(晶文社)の書評でも紹介しましたが、一般の「弱い日本人」を使い捨て/切り捨てて、富裕者やエリートなど「強い日本人」にフリーハンドを与えるというものです。いやはや。しかしそれに気づかず、「アベノミクス」や「景気回復」が「弱い日本人」にも利得をもたらすという甘言に騙されて安倍伍長を支持する人の多いこと多いこと。あるいは、そうしたおぞましい動きを敏感に感じ取りながらも言葉にできない方々が、そのストレスを発散させるために攻撃的な言動に走っているのかもしれません。中国、韓国、北朝鮮、在日の人々、あるいはニュースで話題となりインターネットで「攻撃してもいいよ」という徴をつけられた人に対する執拗で残忍な言辞は、そう考えないと理解に苦しみます。やれやれ。
 今、日本という列車は、半径304mの右カーブに時速約116kmで突入しようとしているのかもしれせん。ちなみに自動列車制御装置(ATC)はありません。さて問題です。「緊急ブレーキを踏むか踏まないか」を決めるのは誰でしょう。
by sabasaba13 | 2015-08-02 08:37 | 近畿 | Comments(0)
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