重森三玲の庭編(24):ポートタワー(14.3)

 それではポートタワーを表敬訪問しますか。愚連隊(死語?)のように屯する猫たちと、ペンギンのガードレール・アニマルを写真撮影。ポートタワーの展望台にのぼりましたが、曇天のため眺望はいまひとつよろしくありませんでした。昨晩、ホテルのベランダから眺めて、変なマークが山肌で光っているのに気がつきましたが、市章と碇だったのですね。「Love Love Key Tower」は、ワイヤーに鍵を施錠してカップルが永久の愛を誓うそうです。ま、馬に蹴られて死にたくないので、コメントは申しませんが。
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 それではぶたまんを食べに南京町の「老祥記」へと向かいましょう。海岸通りを歩いていると、ある喫茶店に「山側の路地へ」という看板がありました。なるほど神戸では方角を示すときに「山側・海側」と言うのですね。その先にあったのが「戦没した船と船員の資料館」。
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 格調の高い「献辞」が掲示してあったので転記します。
献辞

 あれから半世紀余の歳月が流れた。
 容赦のない雷撃と空爆に追われ傷つき焼かれ、機雷の海深く沈められた彼女たちのうめきと悲しみ、身もだえが今も伝わってくる。
 中国との全面戦争から1945年8月の軍国日本の敗北まで、多くの船員と民間船舶が戦時動員され、南方海域で日本沿岸・周辺海域で犠牲となった。『海に墓標を』は、絶対に記憶を風化させてならないと叫ぶ船と人の無言の訴えである。
 海外諸国との友好と協調によって生きる海洋国日本にとって、平和な海は絶対の生存条件であり、われわれ船員は再び海を戦場にしてはならないと決意する。
 これは21世紀に本の国民のいのちと暮らしを守る安全保障政策にとってのかなめである。
 このたび、「戦没船を記録する会」と全日本会員組合の共同により、鎮魂と不戦の誓いのあかしとして戦没船の記録『海に墓標を』を建立し、今を生きるものから後生へ、確かに伝える。
 何という志の高さ。"軍国日本"とはっきり断じた批判精神。船員だけにとどまらず、沈められた船への深い哀悼("彼女"!)。そして安全保障政策の要は海外諸国との友好と協調にあるという見識。まったくその通り、緊張を緩和し、敵をつくらない、それが最高の安全保障なのだと思います。安倍伍長や石破上等兵がしていることは、その真逆ですね。国民の不安を煽り、緊張を醸成し、敵をつくり、アメリカに擦寄り、軍事力を行使できる国に変えようとする。犠牲となった船と人の無言の訴えが聞こえないのでしょうか。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2015-08-07 05:27 | 近畿 | Comments(0)
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