重森三玲の庭編(25):戦没した船と船員の資料館(14.3)

 と、ここまで書いたところで、先ほど読み終えた『集団的自衛権と安全保障』(豊下楢彦・古関彰一 岩波新書1491)によって、蒙を啓かれました。安全保障にはもっと大きな意味があるのですね。古関彰一氏の文を引用します。
 災害も、われわれが経験したごとく、今回の地震も、津波ばかりでなく原発事故も加わる未知の「複合災害」になっている。いまや「不安」は、複合的かつ長期的、ひょっとすると人間存在そのものの問題になりつつある。
 こうした不安が、徐々にではあるが着実に、まさに世界規模で迫ってきている。…PM2.5で知られる大気汚染であり、鳥インフルエンザに代表される感染症であり、地球の気候変動である。…私たちは、あまりにも「不安」に正面から向き合っていない。
 こうした脅威を脅威と気づかないほど鈍感になってしまった。「これは安全保障ではない」と考えるほど、その哲学は貧困なのだ。
 地球の地唸りが聞こえてくるではないか。領土や島、しかも無人の島を争っている時代ではない。それはいまの脅威にとってあまりにも小さすぎるし、無意味だ。安全保障観の根本的転換が求められている。圧倒的多数の、国を超えた人類がいまだ経験したことのない「不安」、いわば底知れぬ「複合不安」から脱却しうる安全保障を求めているのである。(p.229~30)
 なるほど、軍事力で国家を守るという安全保障観がいかに*が小さいものか、納得しました。もはや人類の、世界の、地球の安全保障を考え、すぐにでも実行しなければならない段階に入っているのですね。安倍伍長の志の低さと見識の無さをあらためて痛感しました。
 実は最近読み終えたもう一冊の本に、この資料館のことが言及されていました。旅と本が共鳴するってけっこうあるものです。『歴史の描き方② 戦後という地政学』(西川祐子編 東京大学出版会)に収録されている、長志珠絵氏の「占領空間の戦争シンボル -国旗とGHQ」という論文です。以下、引用します。
 アジア・太平洋戦争の開始は、民間商船と船員の徴用を必須とした。特に大型商船は定期航路を航行途上で徴用命令を受け、往路で海軍徴用船として航行する例も多い。戦争末期、10トン級の大型商船客船はほぼ撃沈されつくし、漁船も含めた民間船が船舶のボディのラインや日の丸・旭日旗掲揚も含め、いわば小手先で海軍仕様に変更させられていたのである。あるいは誰を乗せた船なのか? 民間人と軍人・軍属の厳密な区分は、死後の恩給と慰霊のシステムの弁別によるだろう。
*1941年以後に徴用された民間船と船員については、「戦没した船と船員の資料館」(神戸市中央区)が展示および、詳細な記録を蓄積中である。(p.18~9)
 見学をしたかったのですが、今日の旅程を考えるとじっくり見られそうにありません。日を改めて来館したいと思います。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2015-08-18 08:10 | 近畿 | Comments(0)
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