重森三玲の庭編(31):東遊園地公園(14.3)

 閑話休題、この公園には他にもいくつか記念碑やモニュメントがありました。モーツァルト像? なして? 今、インターネットで調べたところ、由緒は不明のようです。モラエス翁像もありましたが、この方の存在は徳島ではじめて知りました。
Wenceslau de Moraes (1854‐1929) ポルトガルの海軍士官、日本文化研究家。海軍兵学校を卒業して海外植民地に勤務。1889年(明治22)初めて来日、以後しばしば日本を訪れた。98年マカオ港務副司令(海軍中佐)を最後に退役し、日本に移住。神戸、大阪領事となり、徳島生まれの芸者福本ヨネと結婚。ヨネの死後1912年徳島に移住、その姪(めい)斎藤コハルをめとったが、3年ほどでコハルも病没し、同地で孤独な晩年を送った。日本の庶民文化を熱愛し、これを研究紹介する多くの作品を故国の新聞・雑誌に書き送った。
 1898年~1913年の間、外交官として神戸のポルトガル領事館に勤めた後、1913年に徳島に移り住んだのですね。また「ボウリング発祥の地 1869」という記念碑がありました。神戸市立博物館には、聖フランシスコ・ザヴィエル像や桜ヶ丘絵画銅鐸がありますが、以前に見たので先を急ぎましょう。
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 このあたりはかつての居留地で、その面影を残す唯一の建物が十五番館です。とはいえ阪神淡路大震災で全壊。解説によると、旧居留地内では、地震による液状化現象が生じ、20棟を超すビルが全壊したそうです。しかし部材を回収して復旧工事がすすめられ、3年をかけて震災前の姿に復元されたとのこと。なお隣には、旧居留地にあった煉瓦造の下水道管の一部が展示されていました。
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 早咲きの桜を撮影したところで、山ノ神が「猪木ピンチ」。きょろきょろ、あっ大丸神戸店があった。外で人通りを眺めながら待っていると、彼女が「どや顔」で戻ってきました。誇らしげにかざるデジタル・カメラのディスプレイを見ると、大丸店内にぶら下がっていた「山側・海側」という掲示でした。
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 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2015-08-26 06:31 | 近畿 | Comments(0)
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