重森三玲の庭編(35):旧山邑家住宅(14.3)

 ブラントンは、日本の近代化を助力し、そして何よりも洋式灯台についてのノウハウを伝授してくれた灯台マニアにとっては足を向けては寝られない恩人です。スーパーニッポニカ(小学館)からブラントンのプロフィールを引用しておきます。
Richard Henry Brunton (1841―1901) イギリスの技術者、幕末・明治初期のお雇い外国人技術者。スコットランドのアバディーンシャーに生まれる。父は船長であった。私立学校卒業後、鉄道工事の見習技師となり各地の工事に従事した。その後、徳川幕府の依頼を受けたスティーブンソン兄弟の斡旋で1868年(慶応4)来日し、本格的な洋式灯台の建設に携わった。さらに新時代の工学知識と西欧技術を多方面からの依頼に応じて発揮し、鉄道建設の必要を建言のうえ、まず東京―横浜間の鉄道敷設を説いた。また、横浜にあった鉄の橋の吉田橋の架設や横浜居留地の公園計画、下水道敷設などを行った。横浜の都市づくりに多くの提案を残し、76年(明治9)帰国した。
 なおブラントン設計の灯台は旧和田岬灯台の他に14基現存しており、これまでに樫野崎江埼角島犬吠崎御前崎尻屋崎友ヶ島、菅島でその姿を見てきました。残るは神子元島、六連島、鍋島、部埼、釣島、金華山、ぜひとも全てを踏破してみたいものです。
 ここから須磨海岸をのんびりと歩いて駅へと戻ります。このあたりは海水浴場になっており、「他人に恐怖心を与える行為の禁止!(入れ墨等の露出)」というピクトグラムがありました。
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 JR須磨駅から神戸線に乗って三ノ宮に戻り、阪急に乗り換えて芦屋川駅へ。だいたい四十分ほどで到着しました。ぎっちりと護岸された川の両岸には五分咲きの桜並木がありました。ここはお花見の名所でもあるそうです。右手の高台に、木々に埋もれるように佇む洋館が見えてきましたが、あれがフランク・ロイド・ライト設計のヨドコウ迎賓館(旧山邑家住宅)です。私は二度目ですが、ぜひ山ノ神に見せてあげたいので再訪しました。
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 橋を渡り、ライト坂をすこしのぼると到着。芦屋川駅から歩いて十分弱といったところです。
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2015-08-30 08:10 | 近畿 | Comments(0)
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