重森三玲の庭編(36):旧山邑家住宅(14.3)

 まずは建築のいきさつを紹介しましょう。この建物は、大正末期に山邑(やまむら)家の別邸として建設されました。山邑家は「櫻正宗」の銘柄で知られる神戸・灘の酒造家で、当時の当主は八代目太左衛門氏でした。設計者は、20世紀屈指の建築家として賞賛されるフランク・ロイド・ライト。帝国ホテル建設のために来日(1915‐1922)していた際、山邑家に依頼されて設計したものです。着工は1923年(大正12年)で、翌1924年に完成。着工前にライトが帰国したため、実施設計・施工管理はライトの高弟である遠藤新氏と南信氏によって行われました。
 フランク・ロイド・ライトについては、スーパーニッポニカ(小学館)から要約し紹介します。
Frank Lloyd Wright (1867‐1959) アメリカの建築家で、20世紀のもっとも重要な建築家の1人。ウィスコンシン州リッチモンドセンターに生まれ、同州立大学土木学科を卒業後、1887年シカゴに出てルイス・サリバンの建築事務所に入り、多くを学んだ。93年に独立して住宅建築を中心に設計活動を開始、やがて初期の注目すべき作品、プレーリー(草原)・ハウス・シリーズを発表していく。ここでは日本建築に関心が示される一方で、水平面に延びる線、空間の流動性、緩い勾配の屋根と深い庇がもたらす陰影など、大地とのみごとな一体感が示され、高く評価された。
 住宅以外にも、ラーキン社ビル(1904)、ユニテリアン教会(1906)があり、以上の作品をまとめて1910年ベルリンで出版し、「有機的建築」に関する主張とともにヨーロッパの建築界に大きな反響をよんだ。しかし、その後の約20年間、出奔という形での最初の妻との離婚、14年のタリアセンでの召使いの放火殺人事件によるチェニー夫人と2人の子供の死など、個人的な不幸が続いたこともあって、ライトの設計活動はマヤ様式の色濃いものとなった。シカゴのミッドウェー・ガーデン(1913)、東京の帝国ホテル(1916~22)など数も少ない。
 しかし、この不世出の建築家は、1936年の「落水荘」とよばれるカウフマン邸、38年のジョンソン・ワックス本社ビルの二つの優れた仕事によってふたたびその天才をよみがえらせ、第二次黄金期をつくる。すでに70歳台であったが、当時世界的に広がりつつあった国際建築様式を消化しつつ、30~60度角の平面構成を基調にした建築を展開させて、円熟した個性とあわせて、強靱な生命力をうたわせる造形を示している。この活躍は第二次世界大戦後も引き継がれ、第二ジェイコブズ邸(1948)、プライス・タワー(1956)が作られ、ニューヨークのグッゲンハイム美術館完成直前の59年4月9日、アリゾナ州タリアセン・ウェストで没した。

 本日の一枚です。
c0051620_6335642.jpg

by sabasaba13 | 2015-09-01 06:34 | 近畿 | Comments(0)
<< 重森三玲の庭編(37):旧山邑... 8.30国会10万人集会 >>