重森三玲の庭編(53):岸和田(14.3)

 それでは岸和田駅へと戻りましょう。途中に、寺田甚吉(岸和田市長・南海鉄道社長)が1932(昭和7)年に建てた社交場、自泉会館がありました。登録有形文化財に指定されており、側面にある大きな張り出し窓が印象的な建築です。岸和田だんじりの地車を模したご当地電話ボックス、リズミカルに連続するアーチ窓が洒落ている岸和田中央小学校を撮影。
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 そして「旧泉州銀行本店」というクールでかっこいいビルを発見。やれやれ、己の表現力の乏しさにはほとほと愛想が尽きます。せめて解説板を転記しておきましょう。
 昭和34年(1959)年に泉州銀行の本店として建築された。設計は日本を代表する建築家、村野藤吾によるもの。全壁面が花崗岩張りで上部に横線のきいた連続窓と下部に格子のついた小窓を配し、造形的にも美観にあふれる建物である。村野藤吾は、自泉会館(岸城町)などを設計した渡辺節の門下生で、戦後建築としては初の重要文化財となった世界平和記念堂(広島)や、関西大学第一学舎・簡文館、宝ヶ池プリンスホテル、日生劇場などを手がけた日本近代建築史に欠かすことのできない巨匠である。
 彼の名前はときどき書物で目にしますが、その作品ははじめて実見しました。これほど魅力的な建物をつくった村野藤吾、記憶に留めておきたい建築家です。
 途中にあった「岸和田だんじり祭」のポスターを記念に撮っておきました。なお駅でいただいた観光地図に、「岸和田で見つける"昭和の思い出"」という記事があったので紹介します。
ごんばこ
コンクリート製ゴミ箱が多数あり、修復され大切に使われている。多数の"ごんばこ"が現役で存在する岸和田に専門家も関心を寄せている。

柊鰯(ひいらぎいわし)
城下町には有名な観蔵院高見(岸和田)観音があるため、路地裏のおうちでは玄関先に"魔除けの柊"が確認できる。

鍾馗(しょうき)さん
 京都や奈良市内ではあたりまえの鍾馗(しょうき)さん。蛸地蔵駅あたりなど、岸和田でも多いところを見ると商家が多かったからと考えられる。
 なかなかディープな町、岸和田。今度は「ごんばこ」巡りの散策をしてみたいものです。でもゴミ箱の専門家ってどういう方なのでしょう???
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 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2015-09-23 07:31 | 近畿 | Comments(0)
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