殺すな

 パリ同時多発テロで亡くなられた方のご冥福を、心よりお祈りします。
 そして、どのようなかたちであれ、一般市民を標的とした殺戮がなくなるよう、心より願います。そう、どのようなかたちであれ。殺すな

 私がいま、一抹の戦慄とともに怖れているのは、ISに対する空爆の強化とそれに伴う一般市民の大量死、その報復として空爆当事国へのさらなるテロと一般市民の大量死、その報復としての空爆のさらなる強化… 果てしのない憎悪と報復と殺戮の連鎖です。笑みを浮かべているのは軍需産業と、その株主と、そこから資金やリベートを得ている政治家の皆々様だけでしょう。これはもう第四次世界大戦ではないのか。ちなみに環境破壊と資源の収奪という末来世代に対する戦争、第三次世界大戦はもうすでに始まっていると考えます。

 私たちが真摯に考えなければならないのは、いかにしてこの恐るべき螺旋を食い止めるか、ということだと思います。持てる限りの理性と知性と人間性を駆使して、テロを生む原因を探求し、その対策を講じる。
 なぜ彼ら/彼女らはテロルを行なうのか。なぜテロリストが跋扈するのか。いわゆる先進国の圧倒的軍事力をもってしても、テロリストたちを屈服させられないのは何故か。それを考えるヒントとしてたいへん有益な本が、以前に拙ブログで書評を書いた『日本人は人を殺しに行くのか 戦場からの集団的自衛権入門』(伊勢﨑賢治 朝日新書485)です。もう一度、今だからこそ紹介したいと思います。
 なぜアメリカの圧倒的な軍事行動をもってしても、軍事力ではとるに足らないテロリストに勝てないのか? その理由の一つは、テロリストの側に、我々にはない圧倒的なまでの「非対称な怒り」が存在していることです。
 外地に赴く要員は、私のような民間人も、多国籍軍の兵士たちも、国家から与えられた使命感こそあるかもしれませんが、(基本的には)個人的な怒りを原動力として何千キロも離れた土地に赴くわけではありません。
 それに対し、我々を迎えるあちら側は、我々を傍若無人な侵略者(特に、イスラム教にとっての異教徒)であると見なしています。我々が黙ってそこに立っているだけで、彼ら個人個人とその集団を貫くのは、彼らのアイデンティティを賭けた怒りです。しかもそれは、我々の攻撃による同胞や家族の犠牲によって増幅し続けるのです。この「非対称な怒りの増幅」こそが、テロとの戦いに終わりがない所以です。(p.133~4)
 "我々の攻撃による同胞や家族の犠牲によって増幅し続ける"という点に注目すべきですね。テロリストによってパリで殺された130人の方々については、多くの報道がなされています。しかし、フランスの空爆によって殺された方々についての報道は皆無です。何人ぐらいだったのか、どういう死に方をしたのか、遺族はどのような気持ちなのか。それについて精査し、事実を明らかにすべきではないでしょうか。それを無視して空爆を継続・強化するのならば、もうそれは国家テロと言わざるを得ません。
 次に、テロリストたちは、なぜイスラム世界に強烈な根を張れているのか。引用します。
 どんな国でも、一般民衆は、不安な「銃による支配」ではなく「法による支配」の下で生活したいと思うでしょう。それが普通です。でも、その「法」の維持には、やはり「銃(統制力)」が必要です。みんなが信頼を寄せる国家が、国軍を持ち、法が支配する安全な環境を外敵から護ってくれる。そして、警察が、日常生活の中の法の違反者を取り締まってくれる。つまり、国軍と警察からなる最強の武力を国家が独占している状態-、それを私たちは「秩序」と呼んでいるのです。
 しかし、内戦などで国が混沌とし、その「秩序」を提供する国家自体が存在していない状態になると、そこでInsurgentsたちがスーッと忍び込んでくるのです。
 人間は、集団で生きる限り、夫婦喧嘩からお隣との土地争議まで、紛争の種をつくり続けます。そして、それらへの「沙汰」(裁きを下す者)を常に必要とします。
 もしも近所に手が付けられない暴れん坊がいたら? 警察に相談したらいいでしょう。でも、その警察が機能していなかったら? 何もしてくれないだけでなく、ワイロを強要されたり、逆に、その暴れん坊とつるんでいたりしていたとしたら? そこに、裏の実力者がいて、そちらに頼んだら、ある朝、その暴れん坊と、腐敗している警察がボコボコにされて木に吊るされていたら?
 こうやって、Insurgentsは、国家の「沙汰」の空白に、自分たちの「沙汰」を提供することで入り込んでくるのです。日本の田舎町で、ヤクザの親分が羽振りをきかせているみたいな感じで。
 それをきっかけに、Insurgentsは、少しずつ彼らの「教義」を民衆に浸透させていきます(原理化)。それはいつの間にか、恐怖政治に姿を変え、住民たちを服従させていくのです。その過程で、住民の中から職にあぶれたいきのいい若者を手下に引き込んで仲間にし、恐怖政治を確固たるものにしていきます(過激化)。これが、1990年代後半に、タリバンが急速にアフガニスタンを支配して政権を樹立し、現在でも「イスラム国」などが世界中の不安定な場所に浸透していく構造なのです。(p.134~5)
 多くの現場を見て聞いて体感してきた伊勢﨑の言だけあって、説得力があります。ではどうすればよいのか。しっかりとした国軍と公平な警察を中心に秩序を形成し、国民に安心を与え、福祉政策も実施し、国民が自ら安心してネーションに帰依できる政府をつくる。気の遠くなる作業ですが、対テロ戦の"戦い方"は、これしかないと氏は断言されています。(p.137) 要するに、安心して暮らせる日常があれば、テロリスト集団への支持も霧消していくということですね。ということは、そうした日常を破壊する行為、例えば空爆は、人びとのテロリスト集団への期待や依存を増していく、言うなればテロリズムの温床をつくってしまう結果になると思います。また、大国の軍事力や政治力をバックに、大企業が世界を股にかけて人びとから富を収奪するシステム、グローバリゼーションも同じ結果を生んでいるのではないか。ん? 一般民衆が安心して暮らせる日常を破壊する行為? よく考えるとそれもテロですよね。空爆は国家テロであり、ドイツの雑誌『シュピーゲル』曰く"グローバリゼーションは日々のテロである"。

 そう考えると、第三次・第四次世界大戦をくいとめる方途も見えてきます。無辜の民を殺さないこと、世界中の人びとが安心して暮らせるようにすること。
 You may say I'm a dreamer. But I'm not the only one.
by sabasaba13 | 2015-11-26 06:40 | 鶏肋 | Comments(1)
Commented by Mehreenkhan at 2015-12-05 13:20
初めまして。本当にその通りですね。
フランスやタイなどで亡くなられた方は本当にお気の毒だと思います。しかし、おっしゃらられる通り、フランスの空爆によって自動学校が破壊され多くの幼き犠牲者が出たことなどや、アフガニスタンでの一市民が巻き込まれていることなども報道されていませんよね。そういえば、国境なき医師団の病院が誤って空爆をアメリカにより受けたことも報道でなかなかアメリカの過ちだったとはすぐには発表しませんでした。おまけに謝罪の言葉も遅く、保証をするとは言われたものの多くの女性が働くこと許されていない民族ですからご主人をなくされた後はどのように生きていくのか、、、また、手足を失って障害をもって今後ずっと暮らしていかないといけないことを思うと、本当にテロ組織もそうですが、空爆を行っている国、また支援国家なども本当に平和のために行っているのかどうか疑問です。書かれていたように、戦争が活発することによって恩恵を受けている大富豪たちがほくそ笑んでいるだけですね。一部の人間のお金勘定だけでずっと何十年も戦争が続いているようにしか思えないのは気のせいでしょうか。互いの人権、宗教に土足で踏み入ってはいけません。先進国だけの常識を伝統を守っている人たちに押し付けるのもいけないと思います。現在、FacebookでPray for Parisとしてプロフィール写真にフランス国旗をかぶせている人を多くみかけます。もちろんその方たちのために祈ることは大事だと思います。しかし、この国旗をかぶせている方々はシリアで亡くなった子供のために、アフガニスタンやイラクで亡くなった方のためにそうしたか?その事実をご存じ知か?と尋ねたいです。テレビで報道されている事が偏っているので正しい情報を得ることが難しいのかもしれませんが、やはり一人ひとりがもっと関心を持っていかないときっとこれは終わらないんだと思います。長文失礼しました。
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