小笠原伯爵邸編(1):(2016.1)

 一月末日、オーチャード・ホールに、マーラーの交響曲第四番を聴きにいくことになりました。以前にも書きましたが、山田和樹という若い指揮者が、日本フィルハーモニーとともに三年をかけてマーラーの交響曲九作を年代順に振るという「マーラー・ツィクルス」第二期の一回目。開演は午後三時、聴く前に昼食か、聴いた後に夕食か、迷うところです。山ノ神と相談したところ、あのガチャガチャした虚飾の街・渋谷では食事をとりたくないということで意見は一致。新宿のあたりで昼食をとろうかなと思案した瞬間、脳内に閃光が走りました。小笠原伯爵邸! 『建築探偵 東奔西走』(藤森照信 朝日新聞社)を読んでその魅力にとりつかれ、以前に職場の送別会でディナーを食べたことがあるのですが、建物の素晴らしさとスペイン料理の美味しさにいたく感銘を受けました。今度はぜひ山ノ神にランチをご馳走してあげたいと常々考えていたのですが、絶好のチャンスです。破顔一笑して彼女も賛同、予約も入れることができました。小笠原伯爵邸で食事をして、マーラーを聴いて、家で「ブラタモリ」を見る、うわお、なんてゴージャスな一日なんだあ。

 コンサート当日、都営12号線(筆者注:あの極右・レイシストの御仁がつけた名称はわが家では使いません)「若松河田」駅で下車すると、徒歩1分で小笠原伯爵邸に到着です。まずは同邸のHPをもとに、その建物の沿革について紹介しましょう。ここは、礼法の宗家で有名な小笠原家第30代当主、小笠原長幹(ながよし)伯爵[旧小倉藩主]の本邸で、設計は曾根中條建築事務所。1927(昭和2)年に竣工しました。掻き落とし仕上げと呼ばれるクリーム色の外壁にエメラルドグリーンのスペイン瓦。窓には鉄格子の飾りが施され、中庭を囲むロの字型のプランは、日本に希少な完成度の高いスパニッシュ建築と言われています。後ほど紹介しますが、内部の意匠や装飾もみごとなものです。
 このような、当時の芸術の粋が結集した邸宅ができたのは、施主である小笠原伯爵の豊富な海外経験からくるモダンな生活や、朝倉文夫に師事し彫塑に堪能だった芸術に対する造詣の深さによるものでしょう。そして、それに応えることのできる建築家の手腕も見逃せません。建築家の曾根達蔵にとって小笠原家は建築家になる前、武士だった頃の主君につながる一族であり、中條精一郎は長幹伯爵と同じケンブリッジの留学経験を持つなど、施主と建築家の深い信頼関係が、かかわった人々の力を充分に発揮させていると思われます。
 なお曽禰中條建築事務所は、曽禰達蔵(1852-1937)と中條精一郎(1868-1936 作家・中條[宮本]百合子の父)によって1908 (明治 41)年に創設された日本初、かつ戦前最大の民間建築事務所です。作品は慶応義塾大学図書館、東京海上ビル、如水会館、日本郵船ビルなどがあり、いずれも大正・昭和戦前期の折衷様式の主流となる建造物です。
 なお旅をしていると、中條精一郎設計の建築とよく出会います。リデル・ライト両女史記念館旧山形県会議事堂吉池医院旧上杉伯爵邸北大植物園事務所北大旧昆虫学及養蚕学教室などですが、よろしければ拙ブログをご照覧ください。

 本日の一枚です。
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by sabasaba13 | 2016-02-26 06:32 | 東京 | Comments(0)
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