伊勢・美濃編(15):神島(14.9)

 8:20に神島港に到着、船からおりると「三島文学 潮騒の地」という記念碑が出迎えてくれました。小説『潮騒』の冒頭、"歌島は人口千四百、周囲一里に充たない小島である。/歌島に眺めのもっとも美しい場所が二つある。一つは島の頂きちかく、北西にむかって建てられた八代神社である。"と刻まれていました。
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 小説に関する解説板がいくつかありましたが、その一つを紹介します。
 昭和27年、27歳の三島由紀夫はギリシャを旅し、その青い空と太陽、白い大理石の古代彫刻などともに、その風土や文化に深い感銘を受けたといわれています。そして、ギリシャの小説「ダフニスとクロエ」を日本に移して書くことを思い立ち、父のつてで、当時の農林水産局の紹介により、選んだ舞台がここ神島でした。
 昭和28年、神島を訪れた三島は、漁協組合長の寺田宗一さん宅に宿泊しながら島中を取材して周り、純愛小説『潮騒』を書き上げました。神島の美しい風景がエーゲ海と重なり、名作『潮騒』が生まれたのかもしれません。
 『潮騒』は島の美しい自然や素朴であたたかな暮らしを背景に、海女の「初江」と漁師の「新治」という若い2人を描いた純愛小説です。
 三島は、昭和28年に川端康成へ送った手紙の中で神島について、「人口千二、三百、戸数二百戸。映画館もパチンコ屋も呑屋も、喫茶店も、すべて"よごれた"ものは何もありません。この僕まで忽ち浄化されて、毎朝六時半に起きてゐる始末です。ここには本当の人間の生活がありさうです。」と島の純粋さを書き記しています。
 昭和29年に小説『潮騒』が刊行され、同年に映画化されて以降、これまでの5回の映画化がなされ、いずれも神島でロケが行なわれました。
 八代神社、監的哨、神島灯台など、『潮騒』の舞台は、今も当時のままその姿を残しています。
 はい、読んできました。実は三島由紀夫の小説で読んだことがあるのは『金閣寺』だけですが、技巧的な文章に辟易して楽しめませんでした。それに比べて『潮騒』は、二人の純愛を軸に、みごとな自然と人間の描写、息を呑むようなクライマックスと、一気呵成に読み終えることができました。それではその舞台をこれから訪れることにしましょう。まずは山海荘へ寄って、パンフレットを購入しましょう。港にいた地元の方に場所を訊ねて山海荘へ、「しおさいの島」(200円)と「「潮騒」を探しに神島へ」(100円)というパンフレットを購入しました。

 本日の二枚です。
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by sabasaba13 | 2016-03-27 06:35 | 近畿 | Comments(0)
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