伊勢・美濃編(26):大王埼灯台(14.9)

 途中で生垣が続く家並みがあったので運転手さんに訊ねると、槙の生垣・防風林で、燃えにくいため延焼防止になっているそうです。なおこの運転手さんのお話がなかなか楽しくて、退屈しませんでした。いくつか紹介しましょう。「神島を吉永小百合が訪れたら、ものすごい数のファンがやってきて、島が沈むかと思った。連絡船も臨時便がでた」「このあたりでとれたフグを下関へ、サバを関へもっていき、当該地のブランド名で売る」「志摩は"第二の夕張"になりつつある」「宇治山田駅に向かって左にある『大喜』という店が旨い」
c0051620_9144591.jpg

 三十分ほど走ると、大王埼に到着です。灯台までは車で行けないので、駐車場で待っていてもらうことにしました。なお途中に灯台がよく見える「八幡さん公園」があるということですので、寄ってみましょう。シャッターの閉まった土産物屋が櫛比する屋根付きの狭い路地を少し歩くと大王埼灯台に着きました。
c0051620_9151024.jpg

 公益社団法人「灯台のことなら」燈光会のHPから引用します。
 大王埼は、三重県志摩半島の南東角、遠州灘と熊野灘を二分する如くに突出した、海食台地を形成し、断崖に立てば、果てしなき太平洋を、一望の下に見渡すことが出来、普の豪壮な海景は、「伊勢志摩国立公園」中の圧巻とされております。
 付近海域は険礁、暗岩が散在しており、なかでもひときわ目につく高さ8,4メートルの大王岩(大王島)は、「伊勢の神埼(こうざき)、国埼(くざき)の鎧、波切(なきり)大王なけりゃよい」とうたわれここで難破する船は、後を絶たなかったといわれました。白亜の灯台の建つ一角は、城山(じょうやま)と言い、 海上に雄飛した九鬼水軍の城塞のあったところ。
 大王埼灯台の建設計画は、明治17年に起こっており、大正2年、サンマ漁船が遭難し一瞬にして死者51名を出し、大正7年には、3千トンの巡洋艦「音羽」が大王岩に激突座礁していますが、灯台の建設開始は何故かそれから10年後でした。昭和2年5月16日起工、同年10月10日に完工、点灯は完工前の10月5日でした。灯塔は鉄筋コンクリート造りですが、当時の鉄筋コンクリート造りの灯台は、角形であったのに比べて、円形に成っていること、短期間に建造していることなどから、鉄筋コンクリート造りの建築技術が、この頃飛躍的に進歩したことをうかがい知ることができます。
灯塔の高さ22.5メートル・平均水面から光源までの高さ45.53メートルあり、光度6万8千カンデラ・光達距離18.5海里となっております。
 曇天を貫くように屹立する白亜の灯台を撮影。ここも「参観灯台」なのですが、残念ながらもう店じまいでした。そして教えていただいた公園へ行くと、おおっ、小さな湾の向こうには荒波に抗うように突き出た大王埼の断崖を一望できるではありませんか。しかも灯台に灯がともり、荒海に光を投げかけています。あの光を見た船乗りの思い、想像するしかありませんがさぞ安堵することでしょうね。

 本日の二枚です。
c0051620_9153581.jpg

c0051620_9155579.jpg

by sabasaba13 | 2016-04-10 09:16 | 近畿 | Comments(0)
<< 伊勢・美濃編(27):大王埼灯... 伊勢・美濃編(25):安乗崎灯... >>